物理と数学:老人のつぶやき

物理とか数学とかに関した、気ままな話題とか日常の生活で思ったことや感じたこと、自分がおもしろく思ったことを綴る。

Christoffel-Darbouxの恒等式

2023-02-13 17:36:29 | 数学

Christoffel-Darbouxの恒等式を使ってガウスの数値積分の一般論が導かれるとは森口繁一先生の『数値計算工学』(岩波書店)で読んで知っていたことだが、昔書いたエッセイの「歩行者のためのガウス積分」で用いたこの数値積分の重みをを出す式の基礎になる式を導いたことがなかった。これにあたるものが有名な岩波の「数学公式III」に出ていたのでそれを証明することなど一度も考えたことがなかった。

しかし、森口先生はこの式の基礎にはChristoffel-Darbouxの恒等式があることをご存じだったようだ。最近昔のエッセイを再度「数学・物理通信」に掲載しようかと考えてChristoffel-Darbouxの恒等式について調べたら、これが特殊関数の本には出ていない。

Abramowitz-Stegunの本には出ていたが、記号の説明が十分ではなくて、私にはわからなかった。それでお手上げかと思って森正武『数値解析』(共立出版)を見たら、詳しい説明があって私にも式のフォローができた。これは先週の金曜のことだったが、土曜、日曜と2日休んだので、今日、このChristoffel-Darbouxの恒等式を使ってガウス積分の重みを求められるかどうか調べたら、うまく導けた。

これは森さんの方式ではなくて、私風の方式での導出である。これで昔証明しないで使った公式集の恒等式は実はChristoffel-Darbouxの恒等式から導出できる式であることがわかった。

誰からも文句を言われたことはなかったのだが、公式集の式の導出をどうするかを考えるべきであった。そしてこれがやっとできたので、この証明を付録につけて「数学・物理通信」に掲載したいと思っている。

今回、森さんの本を読んだら、昔ガウスの数値積分の一般論が導かれるところが理解できなかったのが、わかるように書かれてあった。どうしてわからなかったのだろうと思うほどであった。

(2024.1.11付記)エッセイの「歩行者のためのガウス数値積分」は数学・物理通信13巻1号に書いてある。インターネットで検索したらすぐに見つかるはずだ。Christoffel-Darbouxの恒等式のことも書いてあるはずだ。もうこのことは記憶にはないのだが。

ローレンツ

2023-02-13 14:16:37 | 科学・技術

これは雑誌『燧』という雑誌に「ドイツ語圏世界の科学者」というタイトルで掲載したものの(14)である。

 

       (14)ローレンツ (K. Lorenz 1903-1989)

 今年(1989)の2月末に動物行動学者のローレンツが85歳で亡くなった。雑誌「科学朝日」の5月号で京都大学教授の日高敏隆さんが思い出を書いていたので、すぐにでもローレンツをとりあげるつもりでE大学法文学部のUさんにSpiegel(1988年11月7日号)での彼の最後となった対話の記事のコピーとかローレンツの対談「Leben ist lernen」(Piper)とかを借りたが、なにせドイツ語が十分読めないので、そのままになっていた。せめて日本語に訳された『攻撃』くらいは読んでから、ローレンツのことを書こうと思っていたが、それも果たせそうにない。雑誌「みすず」(1989.8月号)にSpiegelの対話の部分の訳が出たのでそれらを頼りにはなはだ不十分だが、ローレンツについて述べてみよう。

ローレンツの業績は一口に言って動物行動学とか行動生物学とか言われる学問分野を確立したことにある。『生物学辞典』(岩波書店)によれば、「放し飼いにした動物、特に鳥類(ガン、カモ類、カラス類)や魚類(シククリット類その他)の行動について、厳密な認識論に裏付けられた観察を行い、リリーサーの概念をはじめ、行動の生得的解発機構の認識を打ち出して、行動生物学を確立した」とある。「厳密認識論」というものがどんなものかも知りたいが、それはおいておくとしても、上の文章を読んですぐ何のことかわかるだろうか。専門家の方は別として、何を言おうとしているのかよくわからないのが本当だろう。

リリーサーという専門用語は別としても「解発」という語もいくらか専用用語的で普通の日常生活では使わない。例えば、カモメが危険を知らせるための鳴き声をあげれば、そのひなが逃げ隠れするといった行動をする。このような、その動物に特有の行動を引き起こすメカニズムを動物というものは生まれながらに持っているものだというのである。そして、そのような行動を引き起こすもとになる特性、上の例では、カモメの危険を知らせる鳴き声をリリーサー(releaser, Ausloeser)というらしい。

いつでも学問というものはしゃちこばってとっつきにくいものだ。日常の言葉で言ってもらえれば、すぐに了解できることでも改まって専門用語を用いて言われるとなんのことだかわからなくなることはしばしばある。市民運動等においてもいわゆる科学者でない市民はいつでも日常の言葉で科学者に言い直してもらう必要があろう。

ローレンツは上に述べたような業績によってフリシュ、ティンバーゲンとともに1973年ノーベル賞を受賞した。ローレンツが「私たち人間が行う行動は石器時代の人々が行った行動と同じように本能に縛られている」というとき、ほかならぬ人間自身もローレンツから見ればカモとかガンとかいう動物と同じ動物であると考えられていると言った点はひょっとしたら物議をかもすところだろう。しかし、私はローレンツのいうことの方が真実を衝いていると思われる。人間は地球というある種の生き物の中に巣食うがん細胞なのかもしれない。すなわち、自分たちを破滅に導くまで本能の赴くままに自己増殖し、環境を破壊するといった点で、

もう一つだけ触れておきたい点は、第2次世界大戦下でのローレンツとナチスとの関係である。ローレンツのいい方によれば、「自分の関心事に重点をおくあまりに政治的問題を避けてきた」とのことである。音楽界の巨匠フルトベングラーとか哲学者のハイデッガーとか対ナチ協力のかどで非難される学者や芸術家は多い。ローレンツは積極的ではなかったとしてもその点については非難されてもしかたがないようである。しかし、私自身が同じ状況におかれたらどうするだろうかと考えるとき答は簡単に見つかりそうにない。(1989.9.26)

 (2023.2.13付記)

 このローレンツをもってもともとの「ドイツ語圏世界の科学者」の再掲載は終わる。あと数人ドイツ語圏世界の科学者」について書いたことがあるので、その原稿が見つかればあと数人について述べることができるであろう。