【元日経新聞記者】宮崎信行の国会傍聴記

政治ジャーナリスト宮崎信行、50代はドンドン書いていきます。

【定数削減】鳩山幹事長、「衆院2割削減をマニフェストに」

2008年07月23日 22時27分35秒 | 第45回衆院選(2009年8月)政権交代

 民主党の鳩山幹事長は千葉8区(柏市市役所など柏市の一部と我孫子市全域)で、前衆院議員の松崎公昭さんの日常活動を手伝いました。

 民主党は年間15兆円以上の税金の無駄遣いを削ることにしていますが、「行政改革をやるために、まずは自分の身を切るところからスタートさせたい。第1段階として2割削減を次のマニフェストに必ず載せる」と明言したそうです。

 衆議院の定数は480人(小選挙区300人、比例区180人)ですから、80人削減して、400人前後ということになるでしょう。

 第45回総選挙マニフェスト(最強マニフェスト)には、衆院定数の「2割削減」ないし「80人削減」といった表現が、政権交代後の国民との約束として盛り込まれることになりそうです。

 実は、民主党の「定数80削減」は、3年前の「第44回総選挙マニフェスト(岡田マニフェスト)」にも入っていました。が、自民党が296議席とる地滑り的圧勝をおさめたためマニフェストは実現せず、小泉構造改革では議論の遡上にも乗りませんでした。

 仮に定数80削減となると、議員歳費、公設秘書給与の総額だけでも28億円ほどの歳出削減になります。

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衆院定数2割削減を公約=民主・鳩山氏(時事通信) - goo ニュース

 民主党の鳩山由紀夫幹事長は23日午後、千葉県我孫子市内で講演し、次期衆院選のマニフェスト(政権公約)に、衆院議員定数の2割削減を盛り込む方針を明らかにした。鳩山氏は「行政改革をやるために、まずは自分の身を切るところからスタートさせたい。第1段階として2割削減を次のマニフェストに必ず載せる」と明言した。


僕の“カリスマ”を紹介します(1) 森山浩行さん(大阪16区)

2008年07月23日 06時26分11秒 | 森山浩行 大阪16区

(このエントリの初投稿は2008-07-23 06:26:11)

 さてさて。

 とても大事なエントリのアップを忘れておりましたm(_ _)m

 2月、最年少町長さん当選の翌朝から、私は近畿で“幸運のたすきリレー”をして参りました。

 一人はアップ済みの前衆院副議長の中野寛成・大阪8区(豊中市)総支部長です。

 そしてもう一人は、ジャジャーン!なんと、堺市(堺区・北区・東区)=大阪16区総支部長、森山浩行(もりやま・ひろゆき)さんです!!!

 え、ご存じない? 確かにそうでしょうね。こっちは新人です。

 堺市議、大阪府議をやりましたが、全国的な知名度などあるわけありません。第45回総選挙での初当選をめざして、日常活動に励む森山浩行さん。これはかなり良いタマです。

 民主党公認内定者の紹介ページはこちらをクリックするとご覧になれます。

 でも、この男の名前を覚えておいて損はありません。私が保証します。

 ああ、初当選前の人間をこんな風に言ったら、叩かれちゃうかな。心配だな。

 でも、こういう風に思える人間って一生に何人も会えるわけではない。私は首相をはじめとする多くの政治家を見てきました。その経験と照らし合わせると、これは確信です。ただ、この確信をブログに書くと、叩かれたり、上滑りしたりするんじゃないかといろいろ考えていたんです。でもやはりハッキリ書くべきですね。

 森山浩行(37歳)、

 この男、宰相の器(代表の器)
です。



[阪急百貨店前で演説する森山さん。地の底から響き渡るようなエラく良い声]



[こういう“いかにも”な構図の宣材写真に潜在能力を感じます]

 私には民主党内に数人、宰相の器にあると思う政治家がいます。

 各年代に総理候補がいます。1971年(昭和46年)4月8日生まれの森山浩行は団塊ジュニア世代での代表格。

 私が森山と出会ったのは、1992年4月。1993年6月18日の宮澤解散の1年2ヶ月前。当時は日本に自由主義政党は自民党しかありませんでしたから、私は自ずと、自民党学生部(全国学生交流会)に入りました。

 その初めの会合で、新年度の副会長として紹介されたのが、明大法学部2年生だった森山先輩。とにかく第一印象は腹の底から沸き上がる「エラくいい声」。「どうも森山です」という声と同時に床が響き渡ります。そのときの五感の記憶(The memory of sence)は今も強烈に残っているし、同級生も同じような印象をもったようです。

 森山さんは明大雄弁部の代表選手で、中央大、日大、國學院大などの弁論部が作る「全関東学生雄弁連盟」の委員長をしていました。

 同時にカンボジア、旧ユーゴスラビア(セルビア及びモンテネグロ)、ロシア、阪神大震災などでボランティア活動をしました。



 森山さんを訪ねたとき、ちょうど「コソボ」が独立した直後だったので「コソボに行ったことがありますか?」とたずねました。森山さんは「いやあ、ないね。クルマで通過しただけだよ」とのこと。もう一度確認すると、コソボに“行った”ことはあるんです。でも「クルマで通っただけだよ」と。森山さんの言葉では、「行った」扱いにはならない。この辺は私たちの世代の感覚です。「アメリカには何度か行ったことがあるけど~」と切り出すおじさんがいますが、「何度か」だったら回数くらい正確に言ってほしいものです。だれかと張り合っているんでしょうが。

 森山さんは「コソボを通過した経験がある」わけです。その経験があれば、情報を入れて、想像すれば、国会での議論もしやすくなり~~ああ、違った。まだまだ国会議員じゃないんです。こういうことを言った瞬間に通るものも通らなくなりますね。
 自重、自重(>_<)。

 森山さんは明大卒業と同時に、帰阪。関西テレビ放送(関テレ)に就職します。そして堺市議、大阪府議の合計10年以上、東京を不在(absence)にしています。この間、私も結婚式の二次会(東京会場)で会って以来で、本人に会ったのは、10年3ヶ月ぶりでした。

 あまり久しぶりという感じはしませんでした。この10年3ヶ月間に森山さんのことが友人・知人の間で何度も話題になっていたからです。例えば・・・

 ◇

 國學院卒のA君「森山さん、大阪の大学に行けば良かったって嘆いているんだってささ」
 私「市議選を闘っていてそう感じたんだろうけど、あの人はいずれ国会に出てくるだろうから、4年間外から大阪を見た経験は大きいと思うけどね」


 ◇

 私「森山さん、関西テレビ時代に和歌山カレー事件なんかで随分、全国ネットに出ていたそうですね」



 明大卒の相模原市議「そうらしいね。俺も見たことないんだけど、『出ていた』ってしょっちゅう聞くよ」


 ◇

 早大卒のB君「なんか、森山さん、地方議会の限界に悩んでるらしいよ」
 私「800万(860万人)自治体の大阪府議会でも限界を感じるんだねえ、ため息だね」

 ◇
 私 「いやあ、私の先輩で頼もしい男がいるんですよ。大阪府議会から堺市長選挙に出て、3万票差だったんですよ。もう政令市移行が確実になっている状態でしたからね。もし通っていたら、いまごろ34歳の政令市長ですよ」
 高級官僚 「すごいですね、で、当選した市長はどれだけとったんですか」
 私 「9万票弱です。投票率低すぎですよね」
 高級官僚 「(かなり驚きながら)・・・ですね」 

 ◇

 というように、森山浩行というのは、僕らにとって、やたら気になる存在なんです。で、今ご紹介した森山さんに関する“伝言ゲーム”。本人に確認したら、「全部正解」だそうです。

 私は子どもの頃から、政党の幹部が、自分の選挙区に一回も帰らないのに当選するのが不思議でなりませんでした。どうして、本人がいないのに当選するのだろう?

 でも、それはこういう風に気になる(予定)候補者に関して伝言ゲームがはじまる。そして、ある程度正確な伝言ゲームをしてくれる人間が集まる(予定)候補者が当選していくということなんでしょう。

 あ、いやいや森山さんがどうなるかはまだまだ分かりませんが・・・


「こないだ奥さんには会ったけど、あんたと会うのは初めてだよ!」


[右は「票の半分をとってくる」という奥さん

 
[三国丘高校同級生の山本さん(手前)、明大雄弁部後輩の釘島さん(奥)。この写真には写っていませんが佐々木さんらが森山さんを支えます。人生経験豊かなシニアボランティアの方々を含めて森山応援団は日々強力になっているようです]

 堺市役所は大阪16区にありますが、大阪17区(ベッドタウン)と大阪15区の一部も堺市です。

 彼は、堺市議、大阪府議(堺市選挙区)、堺市長選挙と、堺市全域を選挙区として3回の選挙をたたかいました。

 今回は小選挙区ですから、それより区域が小さい。
 「森山君、こんどは何の選挙?」とからかわれることもある第45回総選挙ですが、森山さんは生まれ育った地域から立つことを選択した。

 堺市長選では、大阪17区に位置する西区・南区などでトップ得票だったので、「もったいない」と言う支持者が多いようです。が、これは票を伸ばすためにベッドタウンに家を借りて引っ越していた成果だそうです。政治家として大成するためには、このくらいしなきゃダメです。今は地元に戻って、基本からきっちりと活動しているんです。


[“日本の夜明け”を訴える森山の演説は帰宅するみなさんにどのように響いたのだろうか]

 さて、この人は日常活動もアイディアマンなんですね。
 「始発から終電までマラソン演説」、「堺の名所までウォーキングしながらポスティング」など・・・

 というわけで、次回エントリ

“堺の鉄人28号” 森山浩行さん(大阪16区) 僕の“カリスマ”を紹介します(2) 

 で彼のアイディアマンぶりをご紹介致します。