[写真]民社協会の「6つの基本姿勢」について記者会見する(左から)衆院議員の田中慶秋さん、中野寛成さん、吉田治さん、2010年8月18日、衆院議員会館内の田中議員室の会議室、宮崎信行撮影
私は24歳の若き新聞記者として、「新党友愛」というわずか4ヶ月だけ日本憲政史に存在した政党のメーン担当をしたことがあります。今で言う「民社協会」です。
新聞などで、民社協会を「川端グループ」と標記しているところがありますが、この呼び名はおかしい。民主党内の他のグループと民社協会はシステムが異質であり、同列に論じると本質を見誤ります。
ちなみに2008年度政治資金収支報告書では、「一新会」の会員は35人ですが、「民社協会」の会員は5000人を超えており、その中の30人が国会議員団ということになるわけです。
民社協会にはいくつか特徴があり、
①大事なことを決めるときは、国会議員、地方民社協会代表(地方議員ら)、旧同盟系の産別(自動車総連、電力総連、UIゼンセン同盟など)など支持団体の代表者の三者が話し合って決める。
②談論風発で政策談義が好きである。
③物事を決めるまで、とても時間がかかる。
ということです。
とくに、「○○県民社協会」といった地方組織を持つ“グループ”というのは、民社協会だけですから、ここからして、「川端グループ」と呼んで論じることに無理が生じます。
新党友愛時代の経験では、県連代表者会議をホテルで8時間ぐらい続けたり、国会議員団が雑居ビルに持っていた部屋で午前2時まで打ち合わせたり、とかザラでした。
今はこういう時代ですから、国会内の共用会議室を使っています。きょうは、午前11時から会議が始まり、ぶら下がりの記者に、「徹夜になるかもよ」(中野寛成さん)との発言もありましたが、午後4時半にきょう時点での状況について、記者会見(ブリーフィング)がありました。これが開かれたのが、衆院議員会館の田中慶秋議員の事務所内の会議室で、3議員が出席して開かれました。これは広い新議員会館のおかげですね、狭い旧議員会館ではとてもできませんでした。
この辺の取材感覚を早くつかまないといけないので、このところは新議員会館に通うようにしています。が、民社協会の仲良しでまったりしながらも、非国会議員にも発言権があり、徹底的に議論する民社協会のムードは12年前と変わらず、きょうは取材していて楽しかったです。
きょうは、民社協会の国会議員のベテラン秘書が「民社系のセンセイにあんなにたくさんの記者がぶら下がっているのを初めて見た」ということで、細川・羽田内閣以来、15年ぶりに与党になったことを実感したようです。
◇
民社協会は18日午前から午後にかけて、理事会や幹部による協議を断続的に開き、9月の民主党代表選への民社協会の対応を協議しました。その結果、6つの「基本姿勢」を決定し、この政策をうったえる候補者を支持することにしました。25日の候補者説明会の前をめどに、協会内からの独自候補擁立を探りますが、それがムリなら、他の候補者に「6つの基本姿勢」に関する政策協定を結びます。いずれにしろ支援候補者を機関決定することになり、「自主投票はありません」と田中慶秋会長が断言しました。
民社協会がかならず支援候補者を機関決定することにしたことには、背景があります。民社協会は、支持母体である旧同盟系産別や民社党結党以来の財産が安定しています。とはいえ、そのパイは限られています。これまでは、政権交代をめざす段階で、とくに国会議員空白県の民社協会地方組織が民主党議員を積極的に会員に迎え入れてきました。
しかし、政権交代後は国会議員として他のグループとかけもちする会員が増え、「自由主義」「友愛」の基本理念のもとに“働く仲間”の生活を向上させる「友愛会」や「民社党」結成以来の民社協会の理念とズレがでてきていると指摘が一部にありました。今回の代表選では、その軌道修正を図っているもようで、民社協会の機関決定とは違う候補を推薦・支援した会員には、ひょっとすると、退会処分、ということになるかも。そもそも、民社協会というのは、メンバーを増やして、総理・代表を出すという考え方はもっていません。
まあ、それはいいとして、民社協会のまったり、仲良し、政策好き、熟議の政治というのはなかなか面白いですので、これからも、国会閉会中には、民社協会の取材ルポもお伝えしたいと思います。
民社協会は24日までをメドとする機関決定に向けて、今後も理事会などを開いていく方針です。
◇
民社協会が18日決定した「基本姿勢」は以下の通り。
(全文書き写しはじめ)
民主党代表選挙に臨むにあたって
私たちは自由、公正、友愛を基本理念に、国民主権、基本的人権、平和主義が貫かれた、真に元気な日本を、国民のために、国民の力で創る。
そのための民主党代表選挙において以下の基本姿勢で臨む。
平成22年8月18日
民社協会
基本姿勢
1 個人の人格の自由な発展を尊重する党の性格、及び「自由・公正・友愛」を基本とする国家観・世界観を明確にした「民主党綱領」を制定すること。
2 激動する国際情勢にも対応するハイレベルの国家戦略局を設置すること。
3 国際連合と日米関係の深化を基軸とする安全保障体制を確立すること。また、平和外交の推進に資する新たなインテリジェンスシステムを構築すること。
4 社会保障の充実と、雇用の確保のためにも、新経済成長戦略を推進し、抜本的税制改革を断行して財政危機を克服すること。
5 憲法審査会を衆参両院に早期に設置し、日本の新しい仕組みを構築すること。
6 エネルギー・環境政策については、原子力の平和的有効活用と、地球益と国益の両立を図ること。
この記事の本文は以上です、宮崎信行、2010年。
[画像]外相の岡田克也さん。2010年8月5日の参院予算委(参院インターネット審議中継)。
【参院予算委員会 2010年8月5日(木)】
ある程度、歳を重ねた人ならば、菅内閣で外相をつとめる岡田克也さんが「怒ると恐い人」であることは察しがつくでしょう。身内でやる民主党代表選で、複数の候補が立ったときに、岡田さんが当選したことがないのは、「恐いから」かもしれません。国会議員は国益より私益を優先する、しょせんはサラリーマン崩れだ、という冷めた目も、私たち有権者は持っていいと考えます。
福島瑞穂さんが、参院選直前に、連立を離脱したのも、彼女が全国比例で改選期を迎えるという個人的な事情を抱えていたことを知っていれば、それは自然なことで、僕は別段、怒りは覚えません。
さて。
連立離脱および参院選での再選後、初めて予算委員会に立った、社民党党首の福島瑞穂さん。、普天間基地を辺野古崎沖に移す日米合意を「民主主義に基づき」破棄するよう求めました。
岡田さんは民主党幹事長として2009年総選挙を闘いましたが、「我々が選挙の前に出したマニフェストでは、県外・国外(への移設)ということばをあえて使いませんでした。その後、(社民党など)3党で連立の協議をしました。私は福島さんと直接、意見を交わしましたが、『県外、国外という言葉を3党合意に入れない』ということになった経緯を、(福島)委員もよくご記憶だと思います」と答弁しました。
福島さんは野党時代(2004年、2005年の)の菅直人さんが「県外移設」が持論だったと指摘しました。
菅総理は「今日の“国際情勢の変化”を踏まえて、5月28日の日米合意にいたった経緯は、(その時点で福島さんは内閣にいたから)よくご存じだと思う。岡田外相の発言にもあったとおり、(米海兵隊の)その存在が必要だ、と(日本は)考えているということで、日米合意を遂行していきたい」としたうえで、「沖縄の負担の軽減が目に見るかたち」になるよう、辺野古沖移転を進めていくと明言しました。
福島さんが「“国際情勢の変化”というのが分からない」として、首相に再答弁を求めると、岡田さんが答弁席に立ちました。
岡田さんは「例えば、北朝鮮情勢ひとつとっても、韓国の哨戒艦が沈められて、46人の人命が失われた。これは現実に最近起こった出来事であります。まあ、そういった非常に緊迫した状況の中で、(東アジアの安全保障をめぐる)状況は数年前と比べて、厳しくなっていると考えるのがふつうだと、私は思います。また、中国の東シナ海・南シナ海における活動についても様々なことが問題になっており、中国の海軍力の増強もここ数年、目立っているわけで、その辺も、国際情勢の変化として踏まえないといけないと思います」と答弁しました。
福島さんは「どうして沖縄を踏みにじるんですか?どうして沖縄を切り捨てるんですか?これじゃあ自民党と同じ手法じゃないですか」。
[画像]社民党の福島瑞穂党首(参議院インターネット審議中継)
岡田さんは「ですから沖縄のみなさんの理解を得ることが大事だ、と申し上げているんです。もちろん、踏みにじるとか、そういったことを考えているわけではありません」。
そして、岡田さんは、ある答弁をします。この答弁はとても印象深かったので、エントリーの最後にご紹介します。これを聞いて私は、10ヶ月強で、岡田さんも成長したんだな、僕もがんばらなきゃな、と感じました。
先を急ぎます。参院委員会室に戻ります。
福島さんは「安全保障の名の下に、基地をつくるのは政治手法として間違っている」とし、「民主主義に基づき、連立3党の合意に基づいて」、辺野古沖移設の日米合意を破棄しろ、と求めました。
これに対して岡田さんは、
「(キャンプハンセン沖に)新たな基地をつくるというのは負担であります。しかし、その結果として、普天間基地が無くなるということは、非常に大きな“負担の軽減”ではないんでしょうか?
そしてそれに関連して、8000人の海兵隊員がグアムに移転するんです。これは“負担の軽減”ではないんでしょうか?
そして、嘉手納以南にある基地の多くが帰ってくるんです。これは“負担の軽減”ではないんでしょうか?
そういったこと全体で考えていかないと一部だけを取り出して議論するのはフェアでないと思います」。
これに先立ち、岡田さんは羽田内閣、橋本内閣、鳩山内閣の3度にわたり連立政権を途中で投げ出した社民党に、次のように答弁しました。
「まあ、福島委員のお話を聞いておりますと、沖縄のみなさんの(県内移設に対する失望の)お気持ちは、おっしゃるとおりだと思います。しかし、それだったら、(日本)全体としての安全保障の問題はどうなるのでしょうか?
いったいどうやって、この国を守っていくのでしょうか?
国民の生命と財産はどう守るんでしょうか?
そのことに対する答えがなければ、私はあまりにも一方的な主張だと思います。福島委員とは、一時期、政権をともにしましたが、
政権を担っていくということは重荷を背負っていくということ であります。私はその重荷をともに背負っていけなかったことを残念に思います」。
[写真]沖縄・与那国島でカメラをかまえる公明党代表の山口那津男さん、2010年8月11日、公明党議員の遠山清彦さんのツイッターから
【参院予算委員会 2010年8月5日(木)】
政権の枠組みは、日本の今後3~6~9年間の最大のパラダイム。今大事なのは、「創価学会が好きか嫌いか」ではなくて、「国政と国民生活の安定」です。公明党と民主党の2つの政党の参院での議席数は125となり、過半数を3~4議席上回ります。
市民の王者、菅直人。
庶民の王者、公明党。
お互いの家族(支持者)にさまざまな意見がありますから、すぐに「結婚しよう」とは言い出せない。しかし、国政選挙がないこの3年間のうちに、民主党は公明党に連立を申し込むべきでしょう。
そのカギになるのは、かつてともに新進党議員として同じ釜の飯を食った公明、民主両党の議員です。例えば、民主党で言えば、原口一博総務相、北澤俊美防衛相、直嶋正行経産相、川端達夫文科相、野田佳彦財務相らです。
1996年の第41回衆院選のときは、直前に民主党(鳩山由紀夫・菅直人共同代表)を結成されてしまい、非自民票を二分する格好となり、政権交代を逃しました。、
雨降って地固まるで、菅首相らオリジナル民主党メンバーも含めた大人の協力関係、たとえば自公のような「融合政権」ではなく、互いの支持層を尊重し合う格好での非自民政権作りが必要だと考えます。
例えば、300選挙区のうち、270は民主党、30は公明党が出る。そして、「民主党公認」候補には、あえて公明党推薦は付けない。でも、公明党公認には民主党推薦を付けて、小選挙区で得票率51%をめざす、という大人の連立・政党連合ができないかなと、僕は模索しています。
それが、余計なお世話かもしれませんが、自公政権で、公明党・創価学会の発言力が増したのに、逆に国政議席は減り続けた「公明党(New Komeitou)」が前に進むチャンスだと思うのです。
前置きが長くなりました。
公明党代表の山口那津男さんが、彼は参院議員ですから、参院予算委に登場しましたが、さながら、公明党がねじれ国会で民主党に協力できるかどうか、菅さんに“口頭試問”しているように、僕には感じられました。菅さんの答弁は満足のいく出来だったと、感じました。
山口代表は、冒頭、「本来は、参院選前の臨時国会で予算委員会をすべきだった」とし、9月の民主党代表選を控えて「(菅政権に対して公明党が)これからどうするかは、ある種のモラトリアムの状態だ」と一発ぶちかましてから質問に入りました。けんかや商談の常套手段ですね。
山口さんは、第22回参院選を「二大政党の票は減った」と総括し、「公明党の票も減った」としながらも、みんなの党など第3局の票は伸びているとして、「歴史ある第3局である公明党」と強調し、「二大政党に飽き足らない民意を謙虚に率直にとらえるべきだ」と菅総理に促しました。
山口代表は、参院選では、与党・民主党に「3つの迷走」があったとして、①消費税増税発言②政治とカネの問題③普天間問題--を挙げました。
この3つの迷走に「公明党はレッドカードを突き付けた」と勇ましく宣言しました。
[画像]レッドカードを突き付ける山口那津男さん=NHKから
①消費税は「庶民の生活を守る公明党」
②政治とカネは「クリーンな公明党」
③普天間問題は「沖縄に強い公明党」
という、公明党の3つの特徴の裏打ちに基づくアピールでしょう。
山口さんは、消費税をめぐる低所得者の還付金を参院選の途中から、菅さんが言及したことについて、年400万円以下世帯は、全体の46・6%だ、とデータを挙げ、「よく考えないで、還付の話をしたのではないか」と批判し、「もっとしっかりと言葉に責任を持って発言してほしい」とたしなめました。
政治とカネ。公明党は「リクルート事件」や「明電工事件」を起こしたとはいっても、新進党を経て、新しくなった公明党(New Komeito)がもっとも実績がある分野の一つですし、信頼できます。山口さんは「菅さんは民主党の代表なんだから、小沢一郎さん・鳩山由紀夫さん(小鳩)の2人の代表経験者を辞めさせるべきだ」と迫りました。
そして、公明党が用意している「政治資金規正法改正案」の手持ちの案を紹介しました。これは同法25条の2をいじくって、代表者(国会議員および候補予定者)が会計責任者(おもに秘書)を選んだ責任を明確化して、秘書が刑事罰の“防波堤”にならずに、政治家に及ぶようにするという案です。私も賛成です。とくに2010年のことしは個人的体験からも、ぜひとも成立させてほしい、つくづく賛成です。山口さんは菅さんに「公明党案を丸飲みしたらどうですか?」と交渉しました。12年前の臨時国会の「小渕首相・菅代表」のように、ぜひ丸飲みで共同提出して、倫選特委理事にエース議員を起用して、“最初のデート”をしたらどうでしょうか。
普天間問題。山口さんは、第22回参院選で落選した民主党鳩山グループの喜納昌吉さんの著作の中に、「菅さんに『沖縄の問題はタイヘンだ』、『沖縄はもう独立した方がいいよ』と言われた」という趣旨のことを書いている、と質問しました。菅さんは、すでに喜納前議員に抗議していることを明らかにし、事実無根であると答弁しました。
山口さんは、最後に「3つのレッドカ
岡田克也外相が8月13日、ニコニコ生放送で中継された大臣定例記者会見で、日テレ野口記者の質問に答えました。岡田さんは、「パン事務総長から、近く温暖化のパネル(研究会)をつくるのだが、誰か適任者がいないか?」と相談され、鳩山さんを推薦したとのこと。
パン事務総長としても、昨年9月の国連総会場での、気候変動ハイレベル首脳会合の「90年比25%削減」の鳩山演説を鮮明に覚えていたようです。
新聞報道によると、パン事務総長が長崎・広島訪問のため来日した、8月4日、議員会館に鳩山さんを訪ね、「気候変動に関する研究会」のメンバーとなり、1年半ぐらいかけて各国指導者とじっくりやって欲しい、と誘われたようです。
「日ソ共同宣言のハトヤマ」さんですが、首相在任中にロシア外交に手が回らなかったのは心残りでしょう。
条約の枠組みに、アメリカと中国の二大CO2排出国を取り込むには、ロシアを巻き込んで、言葉は悪いですが、外堀、内堀を埋めて、米中が参加せざるを得ない国際情勢をつくらなければなりません。
日本中が熱狂した「民主の夏」から1年。
全国をかけめぐった「代表・幹事長コンビ」の「鳩山・岡田コンビ」が、ほろ苦さを乗り越えて、今度は世界をかけめぐることになります。
会員制ブログ(有料)の「下町の太陽プラス1先読み政治日程」に、
2010年8月12日版の最新版をアップしました。
http://regimag.jp/b/sample/list/?blog=65
今回は公明党の山口那津男代表が表紙です。
2016年までの政治日程について、政治の流れや解散などにつながる日程に絞って掲載しています。
興味のある方は、月額840円ですので、登録してください。なお、現在ではクレジットカードでの登録しかできません。
決済に関する問い合わせは、「メディアインデックス」社へお願いします。
[写真]延世大学(ヨンセ大学)の韓国語クラスで学ぶ日本人学生らと記念撮影する外相の岡田克也さん。2010年2月11日、外務省ホームページから(一部トリミング)。
通常国会中は情報が交錯し忙しく、書いたエントリーを投稿できないことが多々あります。在庫処分といったら失礼ですが、半年前に書きっぱなしにした記事を投稿します。
岡田克也外相は2月11日の祝日を使って、韓国を訪問しました。
今年は1910年の日韓併合条約から100周年。私は大学時代に国際法を随分と学びましたが、この条約は国際法としては有効な条約だと考えます。とはいえ、朝鮮、現在は韓国と北朝鮮に分断されていますが、朝鮮民族にとっては植民地支配であって、「民族の誇りを傷つけた」(岡田外相)ことには変わりありません。
岡田外相の率直さに、現時点で韓国の新聞各紙は好意的な論調だ、と伝えられています。岡田外交の3原則の①現場を知ること、②常に原点に立ち返り検討すること(ゼロベースから検討すること)が功を奏したようです。
[写真]岡田外相と李明博大統領、2010年2月11日、ソウル青瓦台で=外務省ホームページから、一部トリミング。
また、岡田外相は延世大学の韓国語クラスで学ぶ日本人学生を訪れました。まさに日韓の架け橋です。
このニュースを見て、私の早大政治学科の安全保障論・国際政治学のゼミが、延世大学と「ワセ・ヨン」という交流プラグラムをもっており、この時期に開催されているはずなので、何か関係があるかなと思いました。「ワセ・ヨン」は私の卒業後にスタートしたプログラムなので詳細は分かりませんが、双方はおそらく英語で議論していると思います。
そこで、ゼミとサークル双方の後輩にあたる学生がいるので電話してみました。
すると、「ワセ・ヨン」は先週すでに終了しているとのこと。「あ~残念」と思っていると、その学生から「宮崎さん、電話代かかりますよ~」と言われました。「なんで?」と聞くと、「ワセ・ヨンが終わってみんな帰国したんですけど、僕だけ自費で残って韓国旅行しているんですよ、今まだソウルにいるんですよ」とのこと。新宿あたりにいるんだと思ってました。この日(2月11日)も延世大学に寄っていたそうですが、岡田外相が来ていることは気づかなかったとのこと。
次の100年へ。日本と韓国のそれぞれの国の次の100年を担う層の若者たちの相互理解と人的交流は確実に進んでいます。
日本と韓国の戦略的で互恵的パートナーシップはしっかりと構築できているようです。
[画像]岡田外交の3原則(宮崎信行作成)
[画像]2月12日付東京新聞1面
東京新聞:『民族の誇り傷つけた』 日韓併合 100年機に 岡田外相が表明:国際(TOKYO Web)
【ソウル=築山英司】岡田克也外相は十一日、ソウルの韓国外交通商省で柳明桓(ユミョンファン)外交通商相と、日韓併合条約締結から百年を迎えた今年の日韓関係や北朝鮮問題などをめぐり会談した。会談後の共同記者会見で、岡田外相は日韓併合について「韓国の人々が国を奪われ、民族の誇りを深く傷つけられた出来事だった」と見解を述べ、被害者の痛みを忘れずに未来志向の友好関係を築く考えを明らかにした。
岡田外相は「私は日本人であることを誇りに思う。それゆえに国を奪われた人々の気持ちが理解できる」と説明。「併合された側、痛みを覚える被害者の気持ちを決して忘れてはいけない」と表明した。
会談では、両外相が今年を「新しい段階に向けた年」とすることで一致した。日韓の民間交流活発化の一環として、二〇〇七年九月以来休会している両国の有識者による「日韓文化交流会議」の再開で合意した。
永住外国人への地方参政権付与法案をめぐっては、柳外通相が法案の成立に期待感を表した。これに対し、岡田外相は「政府として現在検討中だ」と説明し、理解を求めた。
韓国政府は日韓併合百年の今年に天皇陛下の訪韓実現を要望しているが、会見で岡田外相は「慎重に検討していきたい」と答えた。
北朝鮮問題では、両外相は会談で核とミサイル、拉致問題を含む人権問題の包括的解決の重要性で一致した。北朝鮮がまず非核化措置を実施することが重要で、核問題をめぐる六カ国協議の再開に向け、米国を含めた関係国の緊密な連携を再確認した。
<日韓併合> 大日本帝国が1910年8月22日、保護国にしていた大韓帝国との間で併合条約に調印し、条約は同月29日に発効した。日本は太平洋戦争で敗北した45年まで、植民地支配した。朝鮮総督府を設置し大韓帝国を朝鮮と改称。皇民化政策を推進して民族独立運動を抑圧した。
NHKの原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式(平和祈念式)の中継にあわせて、私も黙祷を捧げました。
今年の式には、米国の代表として、ジョン・ルース駐日大使が初めて参列し、潘基文・国連事務総長、核保有国の英国、フランスの臨時代理大使、そしてロシア政府の代表者も出席しました。
菅直人首相、岡田克也外相も出席しました。6日付朝日新聞1面の報道では、外務省によると、外務大臣が祈念式に参加するのは65年目にして初めて。ちょっと遅かったかな。
岡田さんはマグサイサイ賞に輝いた秋葉忠利・広島市長とは党派は違えど、第39回衆院選初当選(岡田世代)で、岡田さんも非核政策をライフワークの一つにしてきました。オバマ大統領が2009年4月にチェコのプラハで、「核なき世界」を表明してから、世界の風が変わってきたようです。「持つ者と持たざる者」。核を持つ者、国連の常任理事国5カ国(P5)はすべて核保有国ですが、核による均衡のためには巨額の費用が必要です。これからは、核を減らしていって、いずれは核を廃絶する。拡散防止ではない、廃絶する。そうやって、時間をかけて、ともに、新しい国際秩序を作っていく。話し合い、人間の叡智がカギとなります。
過去を振り返ることで、前に進む。プラハ演説が「触媒」となり、世界の流れが変わりつつあります。NPT(核拡散防止条約)の核保有5大国であり、同時に国連で拒否権を持つP5である国の中で、4つの国の代表が、2010年8月6日、ヒロシマに集まりました。来年は、中華人民共和国の代表者も歓迎したい、と思います。
[画像]『風が吹くとき』のDVDのジャケット=amazonから。
『風が吹くとき』というアニメーション映画を見たことがあります。いつ見たかはおぼろげで、1986年製作ですから、おそらく学校の視聴覚教室の16ミリで見た
んだと思います。うちの学校はこういう良い映画をたくさん見せてくれました。近所の古本屋で、映画のプログラム(パンフレット)を見つけて、それは押し入れにしまってありますから、強烈な印象を受けた映画です。また見たかったんですが、なかなかチャンスがありませんでした。
日本語版の吹き替えは、森繁久彌さんと加藤治子さんで、NHKの「日曜名作座」の2人です。2人の声ですから、日本人の耳当たりとしては、日常の光景。その日常の光景が、「風が吹くとき」、突然に終わる、というストーリーだったのではないかと記憶しています。
8月のケーブルTV番組表を改めていたら、8月15日(日)の午後9時からと、8月29日(日)の午前11時からの2回、「アニマックス」で放送するというので見てみようと思っています。調べたら、昨年に再び世に出ているようで、レンタルもあるようです。
20世紀は物理学の世紀でした。21世紀になって、「物理の風」もう一度、吹く前に、人間の叡智の風が吹き始めました。
正直、ここ数年、私は平和祈念式の中継とともに黙祷する習慣を失いつつあったんですが、朝刊に岡田さんが出席すると知り、テレビを付けました。ねばり強く積み重ねてきたみなさんの努力に感謝しながら、黙祷しました。平和の鐘の音に染み入る蝉の声が一人の日本人として、その「灼熱」を惹起させました。
来年からも、こうしようと思いました。
お話を伺った応接室には大きな窓があり、太平洋がいっぱいに広がっていた。「晴れていれば、アメリカが見えますよ」、岡田さんはそういってほほ笑んだ。
早大の同窓会誌「早稲田学報」の4月号に、岡田卓也さんのインタビューが載っていました。イオン本社は、千葉市美浜区にあるんですね。千葉マリンスタジアムや幕張メッセの近くです。
早稲田の杜での青春よいずこ、岡田卓也さんは勤労学徒として、茨城・鹿島灘の浜辺で、アメリカ軍の上陸作戦に備えて、来る日も来る日も塹壕を掘っていたそうです。(岡田卓也著「小売業の繁栄は平和の象徴 私の履歴書」日本経済新聞社)。
遙かなる太平洋に胸を張るかに悠然とそびゆる鹿島灘は日本でイチバン長い灘です。その浅瀬を、米軍が上陸してくるという超正面突破作戦はとうてい考えられないと思うんですが、リーダーがアホだと、いつの世もタイヘンです。
早稲田学報では、岡田卓也さんに「なぜ木を植えるのですか?」とたずねます。
岡田さんはこう答えています。
「20世紀はアメリカとソ連の東西問題の世紀でした」(注:ロシアとは今のロシアのことです)、「21世紀は南北問題になる。その南北問題のキーワードは何か、私は『環境』だと思い、『イオン1%クラブ』と『イオン環境財団』を作りました。では環境とは何か。水と緑だ。水と緑ならば森、林だつなげていきました。環境財団の一つの仕事して『木を植えよう』と考えました」
岡田さんに、万里の長城の八達嶺に木を植えませんか?との提案が届きます。
「日本から延べ8000人のボランティアが中国に行き、中国の方と一緒になって100万本の苗を植えました」、「今や植える場所を探すほどになっている」、「失業救済ぐらいの気持ちで始めた苗木作りが、今や産業になっています」
[画像]木を植える岡田卓也さん、早稲田学報4月号から
そして、
「ラオス、タイ、マレーシア、ベトナムであろうが、青島、香港、カンボジアでもボランティアの方々と一緒にやります。当然、現地の人々も参加してくれます。ここから交流が始まります」。
「それから、アジア地域の変化というのは、日本の変化よりももっと早い。今、カンボジアへ行っても、ベトナムへ行ってもすごい変化です。自転車ばかりだと思ったら、カンボジアのプノンペンでも夕方になると車が渋滞するんです。驚きますよ」。
そして、中国については、こんな面白い話が。
「中国も最初に行ったころは、赤いものといったら旗だけか、というようなものでした。口紅なんて誰も塗っていないし、赤いものを探すのに難儀しました」
これすごいユーモアですよね。
昔の中国(大陸)に行ったときの感想が、赤いのは五星紅旗だけで、灰色の世界だった。これはおもろい。卓也さんの長男の岡田元也・イオン社長が記者会見後に、新商品と一緒にひょうきんなポーズで収まっている写真を新聞の経済面でよく見ますよね。ちなみに、卓也さんと元也さんはともに早稲田大学(商学部)を出ています。2人のユーモアはきっと早稲田で身につけたんだろうな、と思います。
そして、
「驚異的な速さでアジア諸国は変化しています。そういう意味では、若い人たちにはチャンスがある、と私は思います」と、次世代の若者たちへのエールでインタビューを締めくくっています。
さて。
岡田卓也さんは1959年(昭和34年)にアメリカにでかけました。その視察は「驚きの連続」で、帰国後、大いに発奮し、アメリカ流を取り入れて
「岡田屋」改め、
「SSDDSオカダヤ」というお店を開きます。
「SSDDSオカダヤ」とは
「セルフ・サービス・ディスカウント・デパートメント・ストア・岡田屋」の略だそうです。
セルフサービス方式を採用しましたが、「カゴを持って下さい」とお願いしてもお客さんはカゴを持ってくれず、常連客が「カタカナでオカダヤと書くとは何事だ」と叱られ、この1店舗で閉めました。とはいえ、「大量仕入れ・大量販売によるチェーンストアは、日本で必ず定着するという予感はした」そうです。(上記「私の履歴書」から)。
一方、小売業の繁栄に邁進する父とは違う「公の道」に進むため、東大法学部から通産省に進んだ岡田克也さんも太平洋を渡りました。
1986年1月28日、スペースシャトル「チャレンジャー」の爆発事故に毅然と振る舞ったアメリカ大統領、ロナルド・レーガン。
「私はアメリカの地で、政治や政治家の果たす役割の大きさ、あるいは政治の可能性の大きさに気づいた」「日本の政治を何とかしなくてはならない、と強く感じた。また、アメリカでできていることが日本でできないはずはない、とも思った」(岡田克也著『政権交代』 講談社、62~63ページから)
[画像]チャレンジャー爆発事故でも毅然と振る舞った米国大統領、ロナルド・レーガン(左)=US News & World Report誌から。
ロナルド・レーガンは、カリフォルニアの小高い丘から、太平洋を見守っています。西に見えるのは、ハワイであり、そして日本です。
さて、きょう8月5日は特別な日です。
いよいよAPEC浜の首脳会合まできょう(8月5日)であと100日となりました!!
かつて、世界の中心は地中海であり、大西洋でした。これからは、太平洋の時代です。世界の人口の4割以上、世界のGDPの6割近くはAPECなんですよ。少し自信を失い、内向きな日本ですが、横浜開港から151年間に吸収したあらゆるものを整理整頓して成熟させるチャンスです。
APECは2010年は浜、2011年はハワイ、2012年はウラジオストックで開かれます。先日、ウラジオストックでは、APEC2012向けに道路整備中にトラブルがあったとの外電を読みましたが、APEC浜2010が開かれる横浜市みなとみらい21地区のパシフィコ横浜は準備万端、大丈夫です。
高秀秀信・浜市長の時代にみなとみらいは日本中の注目を浴び、ゴールデンウィークのにぎわいでも全国ベスト3に入りました。2000年G8サミット開催は、九州・沖縄に軍配が上がりましたが、2008年のTICAD(日本アフリカ開発会議)に次いでの大規模国際会議の開催です。
[写真]パシフィコ横浜をはじめ、「みなとみらい21地区」の発展に多大な功績を残した在りし日の高秀秀信・横浜市長。
浜から、もう一度私たちは自信を持って、外洋に目を見開こうではありませんか。アジア太平洋各国の大統領・首相を菅直人首相と岡田克也外相らが迎えます。日本とアジア太平洋の発展のために、考え方の違いを超えて日本国民全員でおもてなしのこころを持ちましょう。
APECに参加するのは、
日本、アメリカ、ロシア、中国、香港、台湾、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、ブルネイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム、パプアニューギニア、メキシコ、チリ、ペルーの21の国と地域です。
[画像]11月のAPEC浜首脳会合に参加する菅直人首相(日本)、オバマ大統領(アメリカ)、胡錦涛国家主席(中国)、ユドヨノ大統領(インドネシア)、メドべージェフ大統領(ロシア)、ベニグノ・アキノ大統領(フィリピン)=左上から時計回り
APECについて、もっと知りたい方は、下のバナーをクリックすると、「2010年APEC横浜開催推進協議会」のホームページに飛べます。
↓
100年先も、平和な太平洋であるために。
100年先も、豊かな太平洋であるために。
始まりはいつもヨコハマから!!
日本国民全員の総力を結集して、APECを成功させましょう!<rdf:RDF xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#" xmlns:trackback="http://madskills.com/public/xml/rss/module/trackback/" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"> <rdf:Description rdf:about="http://blog.goo.ne.jp/kokkai-blog/e/6eaf91bade21d1a425177bbca2ac9698" trackback:ping="http://blog.goo.ne.jp/tbinterface/6eaf91bade21d1a425177bbca2ac9698/f5" dc:title="【APEC横浜まで100日】「晴れた日にはアメリカが見える」岡田卓也のアジア太平洋" dc:date="2010-08-05T08:21:03+09:00" dc:description="[写真]岡田卓也イオン相談役名誉会長=早稲田学報2010年4月号20頁から拝借しました。 お話を伺った応接室には大きな窓があり、太平洋がいっぱいに広がっていた。「晴れていれば、アメリカが見えますよ」、岡田さんはそういってほほ笑んだ。 早大の同窓会誌「早稲田学報」の4月号に、岡田卓也さんのインタビューが載っていました。イオン本社は、千葉市美浜区にあるんですね。千葉マリンスタジアムや幕張メッセの近くで" dc:identifier="http://blog.goo.ne.jp/kokkai-blog/e/6eaf91bade21d1a425177bbca2ac9698" /> </rdf:RDF> -->
[画像]元JA専務理事で自民党参院議員の山田俊男さん
(このエントリーの初投稿日時は2010年8月8日)
【2010年8月4日 参院予算委員会】
8月6日(金)に閉会した第175回臨時国会。2009年8月の第45回衆院選(政権交代の夏)により実現した政権交代可能な二大政党デモクラシーは、2010年7月の第22回参院選(反省の夏)で、より成熟してきました。
農業者戸別所得保障では、2007年7月の第21回参院選「逆転の夏」から二大政党で大バトルが繰り広げられましたが、与野党逆転し、JA専務理事である自民党議員が予算委で「白旗」を挙げました。
ついにやりました。
JA専務理事で自民党参院議員の山田俊男さんが質問者として、登場。
「農業者戸別所得保障(のモデル事業)」を「加入率が高く、良い方向に進んでいる」と発言し、JA全農・農協が民主党農政に白旗を上げた格好となりました。
「私は農相がおっしゃる戸別所得補償が必要だということには、異議を挟みませんが・・・私も必要だと思います」と述べました。
2010年産米は猛暑のおかげもあってか、2%増しの豊作になりそう。しかし、喜んでいられません。米価が下がっており、在庫が積み上がっています。収入が減少して赤字になった農家には、赤字分が補償されます。しかし、米価下落には、消費者の米離れという問題もあります。
山田専務理事は、米価底上げのために政府がコメを買い入れるよう、山田農相に迫ります。
[画像]山田農相=参議院インターネット審議中継からキャプチャー
答弁に立った山田正彦農相は「JAさんなどの集荷業者から買い上げて、(政府が)備蓄してくれという要望があがってきています。しかし、政府が不当に介入して、米価を引き上げてしまう」と答弁。独禁法違反の可能性も示唆しました。
そして、「また、買い上げると、2010年度のモデル事業に参加しなかった農家も得をしてしまう」と理解を求めました。もちろん、8月4日時点での答弁であり、緊急買い入れによる備蓄を民主党農政が完全に否定しているわけではありません。
コメの場合は、10アール辺り1万5000円が定額部分として補償されており、売り上げが少ない場合は、その部分が変動額として補償されます。ですから全国的に米価が低迷すると、政府の財政負担が増すことになります。
「米価」と聞くだけで、「インチキ」という印象が自民党農政で定着してしまいましたが、米価は大事です。野田佳彦財務大臣は、よりいっそうの米価下落があったら、「5614億5830万円」を超える額になるのではないか?との山田議員の質問に、「まずは農水省で努力してほしい」として、現時点では、増額補正や予備費支出の考えはないとの見解を示しました。
[画像]農水副大臣記者会見にのぞむ篠原孝さん=YouTube農林水産省チャンネルからキャプチャー
菅直人首相は、内閣改造で、農業者戸別所得補償の日本での生みの親であり、理論的支柱である篠原孝さん(長野1区)を農林水産副大臣に起用しました。
コメに限らず、飼料用米、大豆、麦も含めて、農業を強くする。田んぼの多面的機能、つまり水資源の涵養だとか、CO2の吸収、多様な生き物のすみかになったりして、日本の自然を守ります。
[画像]戸別所得補償(モデル実験)の参加申込書=農水省ホームページから。
戸別所得補償モデル実験のパンフレット(PDF)はこちら↓(農林水産省HP)
http://www.maff.go.jp/j/seisaku/kobetu_hosyo/pdf/pamph06-set-02.pdf
戸別所得保障は、生産数量目標、すなわち昔で言う、「減反」ですが、生産数量目標に参加する意思を表明したうえで、申込書を市町村に、あるいはJA窓口に提出します。生産数量目標は、主食用のおコメだけでなく、飼料用のおコメ、米粉用のおコメなども含めて、日本の食糧の供給体制を強くします。
そして、農業者は、転作、二毛作にどんどんチャレンジしてください。例えば、ベトナムでは一つの田んぼで7品種のイネを栽培している農業者もいます。仮にいもち病が発生しても、全滅の可能性は低くなります。この件に関しては、青森県田舎館村が研究しています。
あるいは、大豆も始めたらいかがでしょうか。国が補償するのですから、何も恐れることはありません。農政を信用できない農業者もいるでしょうが、山田農相や篠原孝農林副大臣は、選挙のために農家を騙すような人ではありません。山田さん、篠原さんを信用、信頼してください。
宮崎安貞は『農業全書』に、イネの栽培は「まず水を専ら(もっぱら)にすること」と書いています。耕すことを放置した田んぼは荒れ果てて、やがて使い物にならなくなり、社会的にも、環境的にも悪影響になります。農業者が高齢化して、足腰が衰えている。でも、兼業農家、というか生活のために東京でタクシードライバーをしている息子たちが帰農するには、2010年、もうラストチャンスかもしれません。
まずは、みんなでおコメを食べましょう。そして、畜産農家のみなさんには飼料用米、調理師のみなさんには米粉用米を試すことをおすすめしたいと考えます。
篠原農政をJAが支援し、そして消費者もバックアップして、食料の安定供給体制を作り直していきましょう。
篠原農政で、日本農業にまた日が昇ります。
[画像]衆院厚生労働委員長の鉢呂吉雄さん、衆院TVからキャプチャ
【2010-8-3 衆院厚生労働委員会】
午前中は、TVで衆院予算委を見て、午後から新しい議員会館に行ってみました。
衆院厚労委はたまたま友人・知人が多いのですが、今回は静岡8区の斉藤進さんの事務所に傍聴券の手配の労をいただきました。ありがとうございました。新しい衆院議員会館は快適ですね~。たまたまなんですが、傍聴券をもらった後に談笑した代表経験者周辺が、召集前日の両院議員総会で、特定のグループと関係なく持論を述べたと思われる、近藤和也さんと斉藤進さんの2人の新人議員を評価していて、たまたまとは言えうれしく感じました。スタンディングオベーション事件に続いて、斉藤さんのまっすぐであり、また、ひたむきに政治に打ち込む姿勢が必ず日本を前に進めると信じています。
衆議院分館の第16委員室で、午後3時半ごろから審議スタート。
きょうの質問のトップバッターは福田衣里子さん。彼女は第174通常国会の衆院本会議で、「子ども手当法案」の賛成討論に登壇しましたが、質問はきょうがはじめてとか。
[画像]福田衣里子さん、衆院TVからキャプチャ
「本日が人生で初めての質問です」と切り出した福田さん。
私が衆院厚労委に直接出向いたのは、2007年12月12日の第168臨時国会以来です。そのとき、野党・民主党の山井和則さんの質問を聞きに、薬害肝炎原告団のみなさんが一般傍聴席に詰めかけていました。私はこの時点では、福田衣里子さんだけTVで名前を知っていたのですが、
私の真横に黒縁メガネの福田衣里子さんが座っておられました。背筋をピンと伸ばし、膝を直角に折り、当時の舛添要一厚労相(自民党)と山井さんの激しいバトルを食い入るように見つめる姿が大変印象に残りました。
福田委員は、同じ第16委員室で、「人生のふしぎさと感動を覚えております」と述べ、私も同じことを感しました。
[関連エントリー]
2007年12月12日の衆院厚労委傍聴記。(長妻昭さんの「消えた年金」追及の部分だけ記事にしており、福田衣里子さんの記述ありません。
【長妻質問】国税庁、社保庁に職員派遣 「消えた年金」照合作業
さて。
このところ、ご無沙汰だった厚労委になぜやってきたか。それは今日の審議で、ねじれ国会の一つの手本になるかもしれない議員立法があると聞きつけてきたからです。
にわか勉強なのですが、社会保険病院、厚生年金病院、船員保険病院というのがあって、全国で60カ所以上あるそうです。これらは保険料を集めた特別会計から作ったんですが、特別会計から切り離して、独立行政法人の「年金・健康保険福祉施設整理機構」が持っています。以後、「RFO」と呼びますが、「RFO法」は、この9月末で期限切れを迎えます。
で、昨年秋の第173臨時国会に、厚労大臣の長妻昭さんら内閣が、「地域医療機能推進機構法案」を出しました。「第173臨時国会閣法第8号」です。以後、「閣法」と呼びます。「閣法」は、新しい独法をつくって、それを60病院の新しい受け皿にするというもの。「事業仕分けの例外」です。私も、ちょっとこれはどうかな、と思う法案でした。
これまでの審議の経過。
2009年10月27日に内閣が衆議院に提出し、11月20日、厚労委に付託されましたが、第173国会は12月4日に閉会し、審議未了で廃案。
仕切り直して、第174通常国会の2010年1月18日に再び委員会で審議入り。5月28日に、公明党の修正が入り、民主党・公明党・共産党・社民党の賛成多数で可決しました。5月31日の衆院本会議を経て、参院に。6月1日に参院厚労委で審議入りしましたが、6月16日に第174国会は閉幕しましたので、審議未了で廃案となりました。
そして、期限切れの9月30日を間近に控えて、第175臨時国会は、わずか8日間の予定で、8月6日(金)が会期末です。
そこで、
「閣法」 ではなく、
「RFO延長法案」=RFO法を2年間延長する
このRFO延長法案で、とりあえず2年間は病院が存続できるという議員立法をする運びになりました。
質疑を聞いていて、「ねじれ国会のお手本になる法案」だと思っていたのですが、各党毎に言っていることが違って、なんだか「藪の中」になりそうでした。
同委員会の野党側筆頭理事の自民党の大村秀章は、
「RFOは2002年ごろから自民党で議論してきた。健康保健・厚生年金の保険料でつくったもの(病院・ホール)は一定の役割を果たしたので、地域に移管していこうというのがRFOです。この考え方は残っているので、閣法ではなく、RFO延長法案に賛成します」
自民党の加藤勝信さんは、
「民主党(の厚労委理事)が『9月末の設置期限がきてしまう』というので、『たしかにそうだな』と思い、鉢呂委員長のおまとめをいただいて、委員長発案の議員立法となりました。が、本来は閣法でやるべきでした。民主党厚労委員と長妻大臣の方向性が違うのはおかしい」
公明党の古屋範子さんは、
「第174通常国会が突然閉会されるという前代未聞の事態で、(衆院を通過した)閣法が(参院で)廃案となり、参院選に突入してしまった。しびれを切らして、公明党は自民党に相談した。RFO延長法案はあくまでも緊急的な法案であり、暫定的な措置である。閣法が廃案になった時点で、政府与党が動くべきだったと思います。無責任だ」
共産党の高橋千鶴子さんは、
「第174通常国会で閣法が参院で審議未了で成立せず残念だ。RFO延長法案には本来反対なのだが、期限切れが迫っているので、やむを得ず、賛成します。ただ、RFOは元々整理・売却が目的で(賛同できず)、そこにもう2年(延長するだけ)だから、閣法を早く出し直して欲しい」
社民党の阿部知子さんは、
「私としては、2年延長のRFO法案には賛同しますけど、内閣はどうしたいのか、みえてこない。RFOのように経営者が変わるか分からないようでは、人材が流出してしまう。特に(病院の将来性を担保にしている)看護師の研修ができなくなる。
みんなの党の柿沢未途さんは、
「法案に反対する。RFOをこのまま存続しても、2年間単純延長で、今後の展望は何も示されず、今より2年後にはもっと劣化する。せっかくの委員長提案だが、反対することを宣言します」
また、各党が、公務員労組、各種団体、支持の厚い地域の事情を抱えているんだろう、ということが垣間見えた気がしました。
さて、最後に鉢呂委員長が発言します。
これに先立ち、衆院事務局職員が全委員の机上にA4判の5枚のペーパーを配りました。採決の前に、政務三役席から衆院議員の細川律夫・厚労副大臣、山井和則厚労政務官が、厚労委員としての自席にあわてて向かいます。
「独立行政法人年金・健康保健福祉施設整理機構法の一部を改正する法律案起草の件について、おはかりします」。
「本案は」RFOの「存続期間を2年間延長し、平成24年9月30日までとしようとするものであります」。
として、鉢呂さんが委員長提案として「RFO延長法案」を起草し、すみやかに採決されました。
民主党、自民党、公明党、共産党、社民党が賛成し、みんなの党が反対しました。
国民新党は厚労委に議席がありません。
「賛成44対反対1」の起立多数で、可決されました。
鉢呂さんは審議中、1回も席を外さず、質問者・答弁者双方に顔を向けてていねいに話を聞いていました。女性も男性も「さん」付け。さらに質問が終わっているのに、大臣の長妻さんが挙手をして発言を求めたことが2回あったのですが、これは時間切れと言うことで、指名しませんでした。
全般的に、重厚で、信頼感が持て、理事会は非公開で分かりませんが、自民党・加藤さんの発言からすると、リーダシップを持った名裁きで、懸案を処理したようです。鉢呂さんは野党時代から「宰相の器」を見抜く力があるとされ、卓越したリーダーから国会対策委員長に抜擢された経験もあります。鉢呂さんは怪しげな会合の呼び掛け人になったりせずに、もう少しだけ我慢して実績を高めて欲しいです。
◇
しかし、長妻さんの答弁には苦言を呈したい。
加藤勝信さんが、「前国会で廃案になったあと、長妻大臣はどう対応しようとしたのか」と質問したところ、長妻さんは「参院選の後に臨時国会で再度閣法として出そうとしていたが、非常に会期が(6日間と)短いということで、各議員がご議論いただいて、これは宙に浮きかねない事態でしたが、議員立法になって、これは大変ありがたい」。
加藤さんは「だったら閣法を再提出すればよかったのではないか」と畳みかけると、「ねじれ国会になって参院選の前とは違った風景になってしまった」と語りました。
すなわち、長妻さんは、
①参院選後にねじれ国会になると思わなかった。
②参院選後の臨時国会が8日間という短い会期になると思わなかった。
という2つの見通しの甘さがあったことにあります。これはちょっと、ひどすぎやしないか。
この法案は翌日であるきょう4日の衆院本会議で可決され、参院に送られ、5日の参院厚労委で可決、6日の参院本会議で成立する見通しです。
ねじれ国会の一つのお手本となる法案だと思いますが、各党の賛成理由はそれぞれ違い、共産党、社民党、みんなの党は1人ずつしか委員がいないので、党よりも議員個人のキャラクターが審議に影響しているように感じました。
ですから、「ねじれ国会を仕切れる人物はだれか?」という議題がマスコミでなされますが、衆参の常任・特別で、合計47委員会もあるのですから、それは「いない」というのが答えでしょう。それぞれの現場での信頼関係がイチバンです。
提案としては、共産党のように議員の所属委員会を固定してしまう。通例なら、民主党も自民党も、秋の第176臨時国会で委員会メンバーの配置換えがあると思われますが、党役員・内閣改造での入れ替えや、なんらかの特別な事情がない限りは入れ替えない。
そうやって、現場に思いきっり任せてみて、みっちり法案をこねることで、良い法律をつくる。その作業から、未来のリーダーも出てくるから、一石二鳥なのではないでしょうか。とにかく衆参とも3年間選挙がないのは、これは日本の政治にとって、チャンスです。
2日目のきょうは、午前中に、公明党幹事長の井上義久さん、政調会長の斉藤鉄夫さんが登場しました。公明党代表の山口那津男さんは参院議員ですので、衆院予算委には立てません。ちなみに、各党幹部は、ふだんは予算委員ではありませんが、質問に立つ時だけ、委員をさしかえて登板するのがフツーです。
ねじれ国会で、私は民主党は公明党に協力を要請すべきだと考えています。今すぐというわけには行きませんが、参院議長選挙では、自民党が白票を投じる中、公明党は西岡武夫さん(民主党)に投票しています。
で、きょうの公明党の質問はどうなるのかな、と思いましたが、公明党の十八番といえる「クリーン攻め」という印象でした。
井上さんは、まずは、
①第22回参院選で落選しながら法相を続けている千葉景子さんんに関する人事の正統性について
②小鳩(鳩山由紀夫さん、小沢一郎さん)らの「政治とカネ」の問題についての国会での説明
③政治資金規正法を改正して、代表者(国会議員)と会計責任者(秘書など)の連帯責任を持たせるべきだ。
斉藤さんは、
①国会議員の歳費日割り法案
②天下りについて、「菅内閣の退職に関する基本方針」
とまさに「クリーン公明党」をアピール。
しかし、菅首相の答弁は納得できるものではなく、「菅さんが代表になってクリーン民主党になったんでしょう」、「総理のそのような答弁なら、民主党は自浄能力がないと言わざるを得ない」と井上さんは厳しく指摘しました。
また温厚な斉藤さんも、声を荒げることが見られ、公明党と菅内閣の蜜月関係が始まるのかと思いきや、
「斉藤さんともあろう方がお調べもしないで質問して、ビックリしています」との答弁が防災担当相の中井洽さんや、総務相の原口一博さんから出ました。
なんで、こんなに雰囲気が悪かったんでしょうか。参院公明党は違うのでしょうか。
ひょっとすると、10年間政権を担った、井上さんと斉藤さん(前環境相)、なにか呆れているのでしょうか。
民公連携は、基本的に現時点では、私が勝手に主張している状態ですが、まだまだ時間がかかりそうです。
◇
これに先立ち、自民党の質問では、国会運営の2番打者ともいえる、田村憲久さんが質問。
田村さんの質問には、「健全野党・自民党」「二大政党デモクラシーの確立」の兆しを感じられ、うれしく思いました。
田村さんは、「参院選の(民主党の)敗因は、消費税でなく、鳩山さんと小沢さんの問題もありますよ」として、民主党執行部の総括案は間違っていると主張しました。これを「余計なお世話」と受け取ってはいけませんよね。おそらく3年間解散がないんですから、健全野党・自民党が、今まさに政権を担っている民主党を批判してくれることはありがたいことと受け止めましょう。
そして、「菅さん大丈夫ですよ。あなたは9月の代表選で(総理の座から)引きずり降ろすことはないんですから。あなたを引きずり降ろすのは私たち(自民党)です」として、周りの民主党の予算委員を見渡しながら、「だって、この間(2ヶ月前)に選んだ総理なんでしょう」と述べました。
自民党が引きずり降ろすというのは、第46回衆院選で自民党が政権交代するという意味もあるでしょうし、自民党の支持率が上がれば菅総理は任期満了まで解散できない状態になりますから、2012年9月の代表選で、「選挙に勝てる代表」を民主党が選ばざるを得なくなるという意味合いもあるかもしれません。
そして、田村さんは「かなり余裕のない状態で、(菅内閣は2011年度当初)予算案を組まなければならない」、「予算が組めないんじゃないかと私は心配している」と述べました。
①衆参ねじれ
②衆参とも次の選挙は3年後
この2つを与野党とも、衆参とも、共通の認識にしてしまうと、これからの3年間、味わいのある国会が楽しめるかもしれません。
[画像]自民党の谷垣総裁(左)と民主党代表の菅直人首相、2010年8月2日の衆院予算委員会=衆議院TVからキャプチャー
最近インターネット上で、私の悪口を書く人が増えていますが、止めなさい!
悪口を通り越して、私が、「民主党本部出入り禁止になっている」とか、「2007年の訪中団で周りに迷惑をかけた」という事実にないことを書く人います。
「マスコミ不信日記」というブログでは、
http://blog.livedoor.jp/saihan/archives/51766250.html
(引用はじめ)
振り返るとこのときから頭がおかしいとしか…マスコミは賞賛ばかりでしたけどね。
宮崎信行とかいう日経出身の民主党工作員(自称ジャーナリスト)とか。
平成の赤ヒゲ・原中先生に「除名」を突きつけた自民党を日本から除名しよう!(2009-05-02)
一年後、有権者が原中医師会に日本からの除名を突きつけたわけだがwww
(引用おわり)
と書いている。こういう記述は、私はgooブログの「アクセス解析」というサービスを使っているので、すぐに察知できます。
「マスコミ不信日記」殿は、私を、「民主党工作員」と断定しています。私は民主党支持を明言しているし、民主党サポーター(年2000円)登録をしています。しかし、「工作員」という言葉が何を意味するか明確ではないが、仮に民主党から私に何らかの便宜が図られているというようなことを示唆する記述であれば、こちらとしても何らかのアクションを検討する余地がなくもありません。8月6日に国会が閉じたら、1ヶ月ほどブランクがありますので、その期間にある程度、アクションをとるかもしれません。
そもそも有権者は国会議員よりも上の立場にあります。民主党本部出入り禁止としても、同党本部は借家住まいだから、エレベーターホールなり、本部前路上まで出入り禁止にすることはできません。というより、そもそも私、出入り禁止になんかなってませんから!
私はおこがましくも、有権者の代表者として、このブログをやっている。そのくらいの志がなきゃ、無料でこんな手間がかかるブログ、3年も続けませんよ。8月4日で3周年です。
特に、匿名とはいえ、おそらく年長者と思われる人間が、私の恵まれた環境をひがんで書いているな、と思う時は本当に精神的に疲れます。ブログを書くうえで、すべての前提となる「自由な環境」を作る上で、私が十数年間、どれだけの努力を積み重ねてきたのか、思いもよらないのでしょう。そういう人間は「乞食」と言うのですよ。
今後は、このブログを許可なく、引用したり、リンクを貼り付ける行為はご遠慮いただきたく存じます。
【衆議院予算委員会 2010-8-2】
菅直人さんが首相になって、初めての予算委員会が開かれました。この国会では、補正予算案などの具体的な議案の審議は、予算委ではありません。仮に閣僚に失言があっても、議案成立のスケジュールのために、辞任などに追い込まれる可能性はほとんどないでしょう。
予算案がないのに、予算委員会が開かれる理由は、予算委は「予算の実施・執行に関する調査」をすることができるからです。3月24日に成立し、4月1日からスタートしている2010年度予算をしっかりと執行されているかについて、この8月というタイミングで国会が内閣に質すという前提です。
8月2日の予算委員会ですが、私は暑いので、現地には赴かず、TV・ネットで傍聴しました。
第22回参院選(反省の夏)で、改選第1党になり、衆院全選挙区の支部長公募を指示してノリノリの自民党総裁の谷垣禎一さんが野党のトップバッターとして、質問しました。野党第1党党首が予算委のトップバッターになるというのは、民主党結党直後の代表、菅直人さんがとっていた戦術です。
菅さんは0回。それに対して谷垣さんは3回です。
これは財務大臣として当初予算案を組んだ回数です。谷垣さんは、2004~2006年度の当初予算案を財務大臣として組んでいます。菅さんはことし1月に財務大臣になったので、「国会答弁をして、成立にこぎつけた」という実績しかありません。
これはもう、谷垣さんは3回オリンピックに出場していて、菅さんはオリンピックの解説者として少し関わったことがある。そのくらいの差があります。
谷垣さんは菅さんに国家戦略室、政調会、内閣官房などの関係を質問しました。菅さんはいろいろ答弁しましたが、要するに、「2011年度予算編成は、閣内は仙谷由人官房長官、党内は玄葉光一郎政調会長でやります」ということでまとめちゃっていいでしょう。
谷垣さんは「いろいろ地方を歩いていても、『与党(民主党)はこういうことを考えているようなんだろうけど、それに対する意見をどこにどう言ってのか分からない』と言われる」として、システムの明確化を要求しました。
これまでの野党第1党の国会質問では感じられない建設的提案で、二大政党デモクラシーが前に進んでいる、もう匍匐前進するようなきつさの中でも、とりあえず前に進んでいることを確認できました。
谷垣さんは「私たちが政権をやっているときは、『官邸病』といって、首相官邸にいると耳当たりのよい情報しか入ってこないと言われた」と忠告しました。菅さんは真摯に受け止めるべきでしょう。
民主党政調会は、連立うんぬん一切抜きに、みんなの党幹事長の江田憲司さんの講演会を開催すべきだ、と私は提案したい。あるいは、平野博文さん、松野頼久さん、松井孝治さんの正副官房長官経験者も「私の失