あんな話こんな話

会津生まれの会津育ち…三匹の猫と柴ワンコや家族に囲まれ、家庭菜園に勤しみ都会には住めそうにないローカルな私の日常。

大内路

2005-11-09 22:45:12 | プチドライブ・地域の事
今日は朝から晴れたり曇ったりで、何かスッキリとしない天気だったが
この間の風邪も、ようやく治ったば~ちゃんはディサービスへと出かけた。
昨日の新聞に大内宿の紅葉情報が出ていたので
今日は思い切って、しばらくぶりにプチドライブをしてみようと思い立ち
早々に家事を済ませて、愛車のSUZUKIのkeiに乗り込んだ。
相変わらずにBGMは省吾のアルバム「MY FIRST LOVE」だ。
そして、サイドシートには休みだった夫を乗せた…。

軽快な…しかも、しっとり系の入った曲を聴きながらエンジンを吹かした。

時は10時30分、自宅より国道を通らずに
この10月に三町村が合併して、新しく美里町となった方から行ってみる事にした。
初めて通る道だったので心細くはあったのだが、なに…間違えたら引返せば良いだけの事で
山間の道を何処までも走りつづけると、大内宿と書かれた標識が見えた…。

家の近くで見る紅葉は、まだ ハッキリとした鮮やかな色合いは見せてはいなかったが
大内宿のある下郷町へ入ると俄然色の鮮やかさが違う!!
燃えるような山並みが襲いかかって来るかのような錯覚さえ覚えた。



時折降る雨の中で紅葉をデジカメに収める…。

途中、右手には大内ダムがあり、晩秋の冷たい雨に深い静けさをかもし出していた。
大内ダムも写真に収めたかったが大粒の雨となり断念!!

因みに下流には大川ダムがあり、大川ダムが下池、大内ダムが上池となり
これらの池で得られる有効落差387mを利用して、揚水式発電をおこなわれている。
若郷湖の両岸には下郷町側に西公園、会津若松市側に東公園があり
レクリエーション広場や1周約2時間の遊歩道も整備されている。
「若郷湖」の名称は、昭和61年に一般公募で決められ
若松市と下郷町のそれぞれ1字から名づけられた。

大内宿へ着くと、小雨のうえに平日にかかわらずに駐車場は満杯状態だった。



大内宿はかつての会津西街道の宿場町で、明治初期に大川沿いの国道が開通するまで繁栄した。
現在も街道沿いに、約40軒の茅葺き民家が当時の面影を残して並び
国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。
そこには昔ながらの家屋を生かした宿や食事処、本陣を復元した大内宿町並み展示館などがある。





各 家々の軒先には、そこでしか見られないようなものが
例えば…蕎麦粉やジュウネン(えごま)ロゴ入りの煎餅…トチの実などを使った餅とか。




初登場! 中央がマイ・ダーリン

大内宿メインストリートを一回りして、もうひとつの名物である『ねぎ蕎麦』を食べた。
冷たい蕎麦に大根おろしとかつおぶしがたっぷりとかかっているお椀に
水道のホースほどもあろうかと思われる、約30センチはゆうにある生のねぎが一本!乗っかっている。

pochiko地方も、昔自宅で結婚式を挙げていた頃
蕎麦売りと称して、近所の民謡の上手なお年寄りが手伝いの人やお呼ばれの人に
蕎麦売りの歌を歌いながら、小さな椀に盛った蕎麦に人差し指大のねぎを
薬味&箸代わりに、振舞って歩いたのしか食べた記憶しかなかったので思わず引いてしまった!



まぁ 私としては…今日は磐梯山に初冠雪があったほどの寒さであった為か
夏場に食べたら、さぞかし美味しかったに違いないと思った…。
山菜か何かの温かい蕎麦を頼めば良かった!!

それでも土産物として車麩をひと袋購入。
この麩で、以前ファミレスで食したオニオングラタンスープを作ろうと思い立ったからだ。
タマネギをたっぷりコンソメスープで煮込んで麩を入れて柔らかくする。
その上にとろけるチーズをあげたような物で、ヘルシーであったし、私にも作れると思った。

帰りは国道118号線に出て帰宅に着いたのだが…しまった!!
あそこまで行ったのなら、『塔のへつり』までわずかな距離だったのに…。

まぁ 次回としておこう。
コメント (10)
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