時は1991年9月。私はその年に社会人になったが、バブルは、すでに、崩壊しはじめていた。
そんなおり、タイミング悪くスバルからリリースされたスペシャリティ・カーが、この「アルシオーネSVX」だった。
カタログ表紙の凝った紙質が、バブル時代の残り香を感じさせる。
「私生活の王道を行こう」。
向って右ページには、篠田桃紅氏作のリトグラフ「道」が掲載され、王道を視覚から表現。
「90年代グランドツーリングの見識」。
500マイルをいっきに駆け抜けることのできる快適さ。
VTD-4WDシステムによる、かつてないスタビリティ。
じつに大人っぽく、洗練されたイメージの、コピーが続く。
かのジウジアーロがデザインしたという、グラッシーなキャノピー・キャビン。
このガラスの曲面を、生産車としてリリースすることが出来た事実に、スバルの航空機メーカーとしての気概を感じる。
ただし、フロントドアガラスの開口部はかなり小さく、スモーカーが乗った場合、煙を外に逃がすことが難しそうだが・・・
つるんと面一なボディは、なめらかで、おまけにグラマラス。
いすゞ・ピアッツァに相通じるイメージの、美しいクルマであった。
先代にあたる「アルシオーネVX」が、カクカクのペキペキな70年代アニメ調スタイルだったのに対し、このSVXは、まさに目を見張るほどの進化ぶりだった。
余談だが、高校生の頃の私は、スバルのクルマが大嫌いだった。
アルシオーネVXとか、当時のレオーネとか、妙に四角くてカッコ悪く思えたのだ。
30年経った今では、ああいったデザインも、個性として、大いに認めてしまっている私なのだが・・・
先進的なスタイリングに対し、インパネは意外にオーソドックスである。
この辺は、デジタルメーターを与えるなど、なにかシトロエン的な遊びゴコロがあってもよかったと思う。
先代のアルシオーネVXは、結構派手にやってくれていたのだが、もしかしたら、その反省もあったのかもしれない。
また、与えられている「木目調パネル」は、このクルマにはあまり似合っていないと、私個人は考える。
ブラックの本革シートが、スペシャリティ感を演出。
このクルマ。インテリアカラーはブラックしか無かったようだが、アイボリーあたりもきっと似合ったことと思う。
スバルが説く、5つのグランドツーリング哲学。
それは、「大人の感性を愉しませる、スポーツの資質」「VTD-4WDによる、スタビリティ&ファンtoドライブ」「500マイルをいっきに走り切る、快適性への見識」「走りへのロマンをかきたてる、豊かさの新表現」「高速グランドツーリングへの、安全性の基準」なのだ。
低重心・低振動・低騒音の、水平対向6気筒エンジン“BOXER-6”。
この時代。現代のスバルのキャッチフレーズである「シンメトリカルAWD」の表現は、まだ産まれていなかった。
ちなみに、カタログ上の10モード燃費は、7.0km/L・・・この頃のスバル車は、燃費においては、あまり芳しくなかった。
ガソリンタンク容量は70Lだったので、500マイル(≒800km)を走破するには、最低1回の給油が必要だったと思われる。
だから、「500マイルをいっきに走り切る」ことは、事実上、無理だったのである。
蛇足ながら、現代のスバル車は、「無給油で500マイルOK」です。
アクティブセイフティの核としての位置付けである、4WD。
それは、思いがけなく出会う雪やダート・高速走行中に気になる雨の路面や大きなわだち・アクセルワークに神経をつかう急コーナー・・・に悠然と対処するためのマストアイテムと、スバルは考えていたのである。
その思想は、現在のスバルにおいても、まったくブレていない。
「500マイルにおよぶロングツーリングをいっきに走りきるためのクオリティとしてATは不可欠な選択である」
・・・この当時は現代よりもMT比率がずっと高かったので、ATが4速しかなくても、コンプレインを述べる方はほとんど居なかったようだ。
また、ステアリング操作に応じて後輪も舵角を持つ「4WS」も、プレリュード等を筆頭に、当時流行の技術であった。
脚回りは、ダブルウィッシュボーンを凌駕するレベルまで高められたという、スバル熟成の「ストラットサスペンション」。
荒々しいスポーツではなく、しなやかさを磨き上げた、サスチューニング。
全面3次曲面UVガラスで構成される、360°ラウンドキャノピー。
ルーフのみは、製造上の難しさから鉄板製ではあるが、一見ではそれを感じさせない仕上がり。
キャビンの内装材にはエクセーヌを使用。
その他、「8ウェイ電動パワーシート」「フルオートエアコン」「CDオートチェンジャー搭載高性能オーディオ」等、快適装備にもぬかりはない。
4チャンネルABSは、「Version L」に標準装備だが、「Version E」はメーカーオプション。
SRSエアバッグは、運転席のみで、しかも全車メーカーオプションだった。
ここいらあたりに、流れた月日を感じずにはいられない。
そして、装備品の数々。
電動サンルーフは、魅力的なメーカーオプションだ。
ステアリングは、チルト&テレスコ付き!
分割式でないのが惜しいが、トランクスルーも装備。
4WDであることも相まって、ゲレンデ・エキスプレスとしても活躍できそうだ。
グレードは、シンプルに、2つ。
「Version L」は、豪華仕様である。
本革シートが奢られるのが、最大の相違点でありましょう。
「Version E」も、装備は充実。
ABSがメーカーオプションとなるのが惜しい。
だが、「4WSが付かない」ことは、むしろこのグレードを積極的に選ぶ理由になるかもしれない。
また、汗っかきの必需品「本革巻ステアリング」も、標準装備である。
全長×前幅×全高は4625mm×1770mm×1300mm。
登場した当時は大きいと感じたものだが、現在の水準では、なかなか扱いやすいサイズかもしれない。
アルシオーネSVX。登場から四半世紀近くが過ぎたが、そのスタイリングは美しく、今なお輝きを失っていない。
このような孤高のスペシャリティ・カーは、おそらく日本からは、もう二度と出てこないであろう。
程度のいい中古が存在するうちに、一度は手にすべきクルマなのかもしれない。
維持費は、かなり掛かりそうだが・・・(^_^;)
そして、我が家に現存する、「モーターファン別冊 アルシオーネSVXのすべて」。
これも、今となっては、貴重なお宝である。
あらためて読んでみて驚いたのが、カーライフエッセイストの吉田由美さんが、この時代からモデルとしてこの本に登場していること!
いやあ、吉田さん、今もお若いですよね。参りました。