『感染症は世界史を動かす』
岡田晴恵、2006、『感染症は世界史を動かす』、ちくま新書
ミクロネシアの小島に滞在していたとき、二ヶ月に一度の連絡船がつくと、その後、しばらくは島の人々には咳が続いた。私は、そうした目にはあわなかった。島社会は、他の世界からの隔離度が高く、コンタクトがあるたびに、何らかのウィルスあるいは細菌が持ち込まれていたのではないか。外の世界からやってきた私には、すでに免疫があって何の反応も引き起こさなかったことは、そのことを実証していたように思われる。
病原に対して免疫があるということは、かつて感染した記録が身体に残されていたということである。一方、持ち込まれたものに対して免疫機能が働かずに感染するということは、その感染源に対して感染歴がなかったということである。
本書は、パンデミック(世界感染)であるインフルエンザに最終的に焦点が当てられ、われわれに警告がおくられる。インフルエンザはありきたりの病気で、毎年のように流行する。さらに、鶏インフルエンザは鶏に感染するだけで人間とは無関係。そうした考えは、きわめて危険であることを著者は警告する。インフルエンザ・ウィルスの遺伝情報はRNAによって次世代に伝えられるが、人類を含む哺乳類はDNAによって伝達され、さらに、DNAによる遺伝システムには突然変異を補修するメカニズムが知られている。しかし、RNAはそれとは異なる。変異の多様性によって、環境の変化に対応しようとするのである。インフルエンザ・ウィルスは、容易に突然変異を遂げ、多くの生物が持っている免疫反応のバリアを超えて感染症を引き起こす。しかも、特定の種に感染するのみではなく、種を超えて感染するのである。そして、このことは、その突然変異のバリエーションを拡張し、ひとたび感染が起こると、爆発的なパンデミック感染症を引き起こすというのである。
人間に限らずこうした感染症との抗争は非常に長く続いてきたが、人口密度や人口の移動速度が非常に大きくなった現在、その危険性は大いに増しているのである。世界人口20億の1910年代のスペイン風邪(インフルエンザの一種である)の流行は、世界の少なくとも5億人が感染し、1億人が死亡した。感染期は第一次大戦のさなかであり、その戦死者の1千万人に比べても10倍。インフルエンザの猛威により戦力を喪失したドイツ軍は崩壊(連合国側も、無関係ではなかった)、戦争は終結したのである。当時に比べて少なくとも人口においては3倍(人口密度は、特定地域にあっては、当時に比べて、格段に大きくなっている)、また、人口移動は、当時、航空機の普及以前であったものが、現在は高速大量輸送の時代である。そうした背景は感染症の流行に対して、非常に危険な状況にあるといえる。
本書の目的は、危機迫るインフルエンザのパンデミック感染にたいする警報であるが、同時に、人類の歴史が感染症の影響を強く受けてきたこと、すなわち、インフルエンザだけではなく、チフスや梅毒などの感染症が歴史を作ってきたと説明する。たとえば、梅毒感染によって、性的に寛容な社会を回避し、一夫一婦の厳格な性関係を維持することを求めて、一夫一婦の家族システムを生み出した。また、カトリックからプロテスタントをうんだ。疾病治療のための医学の革新のみならず、疾病予防の観点から公衆衛生の思想が生まれ、その結果として、都市計画や行政の思想を生み出した。
著者は医学者であるが本書を「国際関係論」のための講義ノートから著したという。そのことは、感染症対策に関する課題が、医学が単に自然科学の課題にとどまらず、文理をこえた広範な問題意識と歴史的経緯に関する総合的な知識を要し、同時に、その理解のためには、妄信的な医学信仰にとどまらず、広く関心を持ち続けることの重要性をも示しているものと思われる。著者の経歴からして、どうしても、西欧医学や近代社会システムとしての観点から本書を描くしかなかったのであるが、あえて、ないものねだりとして、イスラム、インド、中国などの文明において、疾病がどのようにみなされてきたのか、また、西欧自然科学による疾病観、衛生観の限界もまた描かれる必要があるのではないかと考える。
ミクロネシアの小島に滞在していたとき、二ヶ月に一度の連絡船がつくと、その後、しばらくは島の人々には咳が続いた。私は、そうした目にはあわなかった。島社会は、他の世界からの隔離度が高く、コンタクトがあるたびに、何らかのウィルスあるいは細菌が持ち込まれていたのではないか。外の世界からやってきた私には、すでに免疫があって何の反応も引き起こさなかったことは、そのことを実証していたように思われる。
病原に対して免疫があるということは、かつて感染した記録が身体に残されていたということである。一方、持ち込まれたものに対して免疫機能が働かずに感染するということは、その感染源に対して感染歴がなかったということである。
本書は、パンデミック(世界感染)であるインフルエンザに最終的に焦点が当てられ、われわれに警告がおくられる。インフルエンザはありきたりの病気で、毎年のように流行する。さらに、鶏インフルエンザは鶏に感染するだけで人間とは無関係。そうした考えは、きわめて危険であることを著者は警告する。インフルエンザ・ウィルスの遺伝情報はRNAによって次世代に伝えられるが、人類を含む哺乳類はDNAによって伝達され、さらに、DNAによる遺伝システムには突然変異を補修するメカニズムが知られている。しかし、RNAはそれとは異なる。変異の多様性によって、環境の変化に対応しようとするのである。インフルエンザ・ウィルスは、容易に突然変異を遂げ、多くの生物が持っている免疫反応のバリアを超えて感染症を引き起こす。しかも、特定の種に感染するのみではなく、種を超えて感染するのである。そして、このことは、その突然変異のバリエーションを拡張し、ひとたび感染が起こると、爆発的なパンデミック感染症を引き起こすというのである。
人間に限らずこうした感染症との抗争は非常に長く続いてきたが、人口密度や人口の移動速度が非常に大きくなった現在、その危険性は大いに増しているのである。世界人口20億の1910年代のスペイン風邪(インフルエンザの一種である)の流行は、世界の少なくとも5億人が感染し、1億人が死亡した。感染期は第一次大戦のさなかであり、その戦死者の1千万人に比べても10倍。インフルエンザの猛威により戦力を喪失したドイツ軍は崩壊(連合国側も、無関係ではなかった)、戦争は終結したのである。当時に比べて少なくとも人口においては3倍(人口密度は、特定地域にあっては、当時に比べて、格段に大きくなっている)、また、人口移動は、当時、航空機の普及以前であったものが、現在は高速大量輸送の時代である。そうした背景は感染症の流行に対して、非常に危険な状況にあるといえる。
本書の目的は、危機迫るインフルエンザのパンデミック感染にたいする警報であるが、同時に、人類の歴史が感染症の影響を強く受けてきたこと、すなわち、インフルエンザだけではなく、チフスや梅毒などの感染症が歴史を作ってきたと説明する。たとえば、梅毒感染によって、性的に寛容な社会を回避し、一夫一婦の厳格な性関係を維持することを求めて、一夫一婦の家族システムを生み出した。また、カトリックからプロテスタントをうんだ。疾病治療のための医学の革新のみならず、疾病予防の観点から公衆衛生の思想が生まれ、その結果として、都市計画や行政の思想を生み出した。
著者は医学者であるが本書を「国際関係論」のための講義ノートから著したという。そのことは、感染症対策に関する課題が、医学が単に自然科学の課題にとどまらず、文理をこえた広範な問題意識と歴史的経緯に関する総合的な知識を要し、同時に、その理解のためには、妄信的な医学信仰にとどまらず、広く関心を持ち続けることの重要性をも示しているものと思われる。著者の経歴からして、どうしても、西欧医学や近代社会システムとしての観点から本書を描くしかなかったのであるが、あえて、ないものねだりとして、イスラム、インド、中国などの文明において、疾病がどのようにみなされてきたのか、また、西欧自然科学による疾病観、衛生観の限界もまた描かれる必要があるのではないかと考える。
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