このコロナ惨禍で、5月から史跡巡りウォーキングを自粛しています。毎年5月は離島の史跡巡りをしています。去年は周南市の大津島の史跡を巡りました。そして今年は平生町の佐合島の史跡巡りを予定していました。自粛は健康ウォーキングクラブ始まって以来のことですが、県や町が自粛しているため仕方がありません。
とは言うものの、歩かないと何だか体がうずきます。そのため、来年の史跡巡りウォーキング候補の一つを気楽に下見することにしました。元々は1人で下見ウォーキングしていたため、健康ウォーキンクラブを創設した頃に戻ったみたいです。
室積海岸から峨眉山を振り返る、たくさん打たれた杭は砂流出止め用
今回は室積海岸に沿った史跡巡りをしました。駐車した普賢寺から室積海岸に向かいました。室積小学校手前で立派なお地蔵様があることに気が付きました。そして、その近くの大師堂も訪れました。屋根がセメント製でした。個人の方が作ったのではないかと思います。その後、室積小学校横を通りましたが子供達の声がしませんでした。しばらく歩くと、室積海岸に出ました。数キロに渡って弧を描くように砂浜が続いていました。
立派なお地蔵様 セメント屋根の大師堂 静かな室積小学校
室積海岸の砂浜を見た後、いったん海岸にお別れをして街並みに入りました。くねくねとした狭い道を通っていると、西ノ浜大師堂の案内矢印を見つけました。矢印の通りに狭い道を抜けると西ノ浜大師堂がありました。二人のお年寄りが大師堂前で雑談していました。突然訪問した私は、このお二人に歓待されました。さらにお接待まで頂きました。しばらくお話をすると、近くにある祇園神社まで案内していただきました。ありがとうございました。
防陽52番札所 西ノ浜大師堂 室積海岸に近い 祇園神社
今回のウォーキングで1番嬉しかったことは、探していた防陽霊場を久しぶりに見つけたことです。しかも、歓待されてお接待までいただいたことです。防陽霊場は51番札所の海蔵寺までは分かっていました。その次の52番を今回探し当てました。防陽霊場は、江戸時代に使われ明治時代に廃れたと思われます。当時の人々は2日かけてこの防陽霊場八十八ヶ所を一周したようです。廃れた後、平和霊場として復活しました。しかし、再び廃れて今はまったく使われていない霊場です。
祇園神社隣の祠 室積海岸のお地蔵様 鳥居が天保2年の祠
祇園神社は室積海岸に接するようにあります。そのため、少し歩くと、室積海岸の砂浜が見えてきました。その入口近くに小さなお地蔵様がありました。そして、その近くに神社らしき祠がありました。その祠をお詣りすると、海岸の長い砂浜に出ました。この砂浜は砂が流出しつつあるのでしょうか、砂が流出しないように無数の杭が海岸に打ってありました。しかし、それでも砂の流出は止められないようで、砂浜と松林の間は崖になっていました。
下見した、室積海岸に沿う史跡巡りコース