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桜と絵本と豆乳と

渓谷は今…

2010年11月04日 | 読書
 『さよなら渓谷』(吉田修一 新潮社) 

 ずっと読みたいと頭の隅っこで思っていた本だ。なかなか文庫化されないので、古本屋で半値で出ていたので購入した。

 読み始めて、ああこれは…とすぐ思い浮かんだのは、かつて本県で起きた母親による幼児殺害事件。
 テレビで連日のように報道された。まだ真相が究明されないときだったが、その女児が通っていた学校の校長先生と隣り合わせて様々な対応について話を聞かせてもらったこともある。
 母親逮捕を修学旅行先のホテルで聞いたことは、今でも覚えている。
 あのセンセーショナルな事件と設定が似ているな、と感じた。

 ちょっと調べたら、やはり著者自身がそれをきっかけにしているという文章を書いていたこともわかった。
 もちろん小説のテーマや本筋はそれとは別にあるのだが、実際の事件が持ったイメージは結構大きく作品の雰囲気を作っているように思う。

 この物語に登場する男女は、とてつもない不幸な出会いをするわけだが、事件として世間に知られるような出会いとは、結局その不幸が連鎖していく、拡大していくことは否めない。
 その現実に対して多くの者は無力であり、ひたすらにそういう不幸に出会わないことを、意識するしないにかかわらず願って暮らしていると言ってもいいだろう。

 不幸の連鎖に陥ったときに人は何を手がかりに生き抜いていこうとするのか…「私たちは幸せになろうと思って、一緒にいるんじゃない」とつぶやく心底は、なかなか想像できるものではない。

 しかし、小説のなかにあるような苦しみや嘆きは、現実にも確かにあると、時々思い出させてくれるのがこの著者の真骨頂だろう。

 「さよなら渓谷」というちょっと変わった?タイトルは、主人公たちの住む場所の近くに渓谷を配した設定から来るわけだが、場所の持つ閉塞感を上手く表している。

 そこに「さよなら」を告げる終末、そうあればいいねと素直に声をかけたくなった。


 ところで、実際の渓谷は今、深まる秋である。
 職場で県内の有名な渓谷に出かけてきた。

 気まぐれに続けている写真ブログに、その風景をアップしてみた。
よろしかったら、こちらへ。
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