すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

知恵を冒険させる遊び

2019年07月16日 | 読書
 学習モード第二弾ということで、書棚に残っていた本を探したら「ネンテンさん」のものが残っていた。読んだ記憶はあるが、このブログに残ってないとすれば結構前だ。発刊は1999年とある。その後もエッセイなど読んだのだろうか、感想メモが残っていた。→「未熟性の回路」 →「たまには戯作遊び」

2019読了72
 『坪内稔典の俳句の授業』(坪内稔典 黎明書房)



 読み進めると、今自分が試みようとする活動の励ましになる言葉が本当に多く出てくる。かつて読んだ時はこんなに頷いただろうかと思うほどだ。句作を続けてきたわけではないが、何かの度に少しずつ考えが醸成されていたのだろうか。著者が言い切ったいくつかの文章に、強く同感している自分に気づいた。


 「俳句は、感動がまずあって、その感動を表現するという表現形式ではない」

 「『感動をそのまま表現する』にはおそらく高度の技術と才能がいります。ですから、たいていの人はこの目標を達成できません。」

 「断片的な表現の持つ多義性を取り出し、言葉の意外な働きに注目する」


 かつて桑原武夫は、俳句・短歌を「第二芸術」と称しその未熟さを指摘した。著者は、それでよいとし、「むしろ、意図的・積極的に第二芸術であるべき」と述べている。それは近代文学の目指した個人の重視から、一歩開かれた他者との共同による個の変革を、俳句などの短詩型文学が切り開く可能性を示唆している。


 短詩型に限らず作文教育を進めていた頃の自分の深い根っこの部分とも共通する。お笑い系、フィクション系が好きだったのは何故か。第4章のエッセイで柳田国男の母親のエピソードが紹介されている。母が弟の嘘を見破りながら笑って認めたことに対して、柳田は「最初の知恵の冒険」という素敵な言葉を使った。