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桜と絵本と豆乳と

夏休みを楽しんでほしい人

2019年07月23日 | 雑記帳
 小学生から数えると、勤め上げるまで54年間を「学校」で過ごしたことになる。ということは54回夏休みがあったことになる。まあ大学は数えられないだろうからちょうど50回か。子どもの立場と教員の立場では当然違うはずにしても、心から「ああ、夏休みが始まる。嬉しい」と思ったのは何度あったろうか。


 たぶん小学生の頃は無邪気にそう思えたはずだ。いくら宿題があったとしても、そんなのは屁の河童(笑)。毎日のラジオ体操とプールやもろもろが楽しかった印象は残っている。昭和の子どもにとっての夏休みは、もはや物語のような懐メロソングのような世界の中のなかで、脈々と今も息づいている。完全無欠の夏だ。


 中高校生になると若干趣は異なる。もちろん部活動や補習等があったにしても、解放感は強かったと記憶している。ただ間抜けな思い出を書けば、高2の夏、部活動の朝練習の帰りにバイク事故を起こし入院し、修学旅行も行けなかったことを考えると、浮かれてその結果アンダーな文化に染まった契機はそこにある。


 教職についた昭和後期はまだ教員に「自宅研修」が認められていた。けれど実際に「研修」という印鑑を出勤簿に押した経験が何回あるかと言えば、数えるくらいだ。20代教師の少ない時代、いつぞやの夏季休業では4回キャンプに引率をした記憶がある。休みの解放感を覚えつつ、忙しさを喜ぶ体力もあったのだ。


 平成に入り休み中の勤務もだいぶ変わった。しかし子どもと離れる期間が醸しだす心の余裕は必須だ。担任で目いっぱいな時期はなおさら。辛い年度(笑)の一息感は格別だ。「働き方改革」にはトータルに業務を捉えていない不備が目立つが、やはり長期休みは職員に貴重であり、配慮はしかるべきである。楽しんでほしい。