武部利男訳「白楽天詩集」の最初の方を読んでいたら、
「えびすの おどりの おんなたち」と
「がんじがらめの あらえびす」という詩が一読印象に残りました。
そういえば、野村胡堂著「胡堂百話」に「あらえびす」という言葉があったのを思い出しました。著者紹介野村胡堂「明治15年(1882)岩手県に生れる。本名・野村長一。別号・あらえびす。・・・」とあったのでした。そして百話のなかにこうあります。
「一体、私のところへ来る手紙は、本名と、胡堂と、あらえびすと、三種類ある。・・・胡堂は最も普通で、全体の90パーセント。あらえびすは、音楽とレコードの関係で、8パーセントくらいだろう。あらえびすの筆名を使いはじめたのは、大正13年。すなわち震災の翌年・・・方角の違った音楽のことを書くのに、胡堂はいかにも固くるしいが、さりとて、新しく考えるのもめんどうなので、やわらかく、カナにしたまでである。『袖荻祭文(そでおぎさいもん)』という芝居の中で桂中納言に化けて出た安倍の貞任が、花道の中ほどで引き抜きになり、『まことは、奥州のあらえびす』と威張るところがある。語源的にいうならば、『にぎえびす』に対する『あらえびす』で、日本が台湾を領有した当時の言葉でいうならば、熟蕃に対する生蕃(せいばん)である。えびすの中の、飼いならされない種類である。伝統的のカナ使いでは、『あらゑびす』でなければならないが、読みよいために、最初から『えびす』とした。・・・ほんの一時期だけR.A.B.Cと署名してことがある。これをアラエビスと読ませようとのコンタンだが、いかにもキザなので、じきによした。」(中公文庫p63~64)
白楽天にもどると、題が「縛戎人」とあり訳が「がんじがらめの あらえびす」。
戎は、漢和辞典によると「つはもの(兵・軍人)・えびす、西方の蛮族。転じて広く野蛮人の義に用ふ。・・」とあります。ここでは短い方の「胡旋女」「えびすの おどりの おんなたち」をひとつ出だしを引用しておきましょう。
えびすの おどりの おんなたち
えびすの おどりの おんなたち
えびすの おどりの おんなたち
こころは いとの ねに こたえ
てぶりは たいこの ねに こたえ
いとと たいこの ひとこえに
ふたつの そでが まいあがり
ひらひら ゆきが ひるがえり
ころがる よもぎ とびまわり
みぎに ひだりに ぐるぐると
めぐって つかれる こと しらず
せんかい まんかい くるくると
まわって おわる ときが ない
この にんげんの せかいでは
くらべたとえる ものが ない
はしる くるまの わも のろく
つむじかぜでも まだ おそい
きょくが おわると にど おじぎ
てんしに おれいの ごあいさつ
てんしも ごらんに なりながら
にっこり おくちを あけられる
えびすの おどりの おんなたち
ソグドの くにから やってきた
ごくろうさんにも ひがしへと
ばんり はるかに こえてきた
「えびすの おどりの おんなたち」と
「がんじがらめの あらえびす」という詩が一読印象に残りました。
そういえば、野村胡堂著「胡堂百話」に「あらえびす」という言葉があったのを思い出しました。著者紹介野村胡堂「明治15年(1882)岩手県に生れる。本名・野村長一。別号・あらえびす。・・・」とあったのでした。そして百話のなかにこうあります。
「一体、私のところへ来る手紙は、本名と、胡堂と、あらえびすと、三種類ある。・・・胡堂は最も普通で、全体の90パーセント。あらえびすは、音楽とレコードの関係で、8パーセントくらいだろう。あらえびすの筆名を使いはじめたのは、大正13年。すなわち震災の翌年・・・方角の違った音楽のことを書くのに、胡堂はいかにも固くるしいが、さりとて、新しく考えるのもめんどうなので、やわらかく、カナにしたまでである。『袖荻祭文(そでおぎさいもん)』という芝居の中で桂中納言に化けて出た安倍の貞任が、花道の中ほどで引き抜きになり、『まことは、奥州のあらえびす』と威張るところがある。語源的にいうならば、『にぎえびす』に対する『あらえびす』で、日本が台湾を領有した当時の言葉でいうならば、熟蕃に対する生蕃(せいばん)である。えびすの中の、飼いならされない種類である。伝統的のカナ使いでは、『あらゑびす』でなければならないが、読みよいために、最初から『えびす』とした。・・・ほんの一時期だけR.A.B.Cと署名してことがある。これをアラエビスと読ませようとのコンタンだが、いかにもキザなので、じきによした。」(中公文庫p63~64)
白楽天にもどると、題が「縛戎人」とあり訳が「がんじがらめの あらえびす」。
戎は、漢和辞典によると「つはもの(兵・軍人)・えびす、西方の蛮族。転じて広く野蛮人の義に用ふ。・・」とあります。ここでは短い方の「胡旋女」「えびすの おどりの おんなたち」をひとつ出だしを引用しておきましょう。
えびすの おどりの おんなたち
えびすの おどりの おんなたち
えびすの おどりの おんなたち
こころは いとの ねに こたえ
てぶりは たいこの ねに こたえ
いとと たいこの ひとこえに
ふたつの そでが まいあがり
ひらひら ゆきが ひるがえり
ころがる よもぎ とびまわり
みぎに ひだりに ぐるぐると
めぐって つかれる こと しらず
せんかい まんかい くるくると
まわって おわる ときが ない
この にんげんの せかいでは
くらべたとえる ものが ない
はしる くるまの わも のろく
つむじかぜでも まだ おそい
きょくが おわると にど おじぎ
てんしに おれいの ごあいさつ
てんしも ごらんに なりながら
にっこり おくちを あけられる
えびすの おどりの おんなたち
ソグドの くにから やってきた
ごくろうさんにも ひがしへと
ばんり はるかに こえてきた