住民投票を経験し、一応大幅な見直しを勝ち取った新城市民は
(まだ本当に大規模の縮小されるか怪しいが)
現在マスコミで騒がれている国立競技場のドタバタを
新城市の庁舎のゴタゴタと似ていると感じる人は少なく無いだろう
建設費の大幅な上昇
間に合うのか
予算はどうなふうに決まっていったのか
責任は誰にあるのか、どのようにとるのか
一旦決まってしまったら、見直しは難しいのでは、、、
本当によく似ている
しかし目を転じるとまだまだ違うところでも
似たようなことが起きているらしい
つくば市では総合公園建設の是非を問う住民投票が行われるらしい
どうやら大きな目でみると、こうした行政と市民間の行き違いは
最近の傾向といえるかもしれない
流行りといったものではなく、今まで問題にされていなかったことが
徐々に市民に情報や知恵がついてきて、いままで議員・行政にお任せだったことを
自らの問題として考えるようになってきた
ということかもしれない
ところで、新城には現在進行中の庁舎見直しと並んで
大きな解決すべき問題がある
それは新城南部工業団地の産廃業者進出に関する問題
何年も前から地元の方たちは進出阻止を掲げて活動してきた
車で八名地区を走れば産廃進出阻止を訴える看板や旗を
数多く見かけるから、その活動自体は知られているようだが
それが新城市民の全体の問題か、といえば残念ながら対岸の火事
みたいな感覚の人が大半なのではないだろうか
実は自分もそうだった
きっかけは庁舎見直しの住民投票を求めて活動する人が
産廃阻止の活動する人と被って、そこでいろんな情報を聞くうちに
これは無関心ではいられない
ということになった
産廃業者は社会の必要悪(こんなふうな表現は産廃業者の方には申し訳ないが)
みたいなところがあって、どこかで処理をしなければ社会が回って行かない
その何処かだけの問題で、たまたま新城が その地として選ばれてしまった
傍観者はそんな風に考えるかもしれない
しかし、当事者はそれどころの問題ではない
ましてその進出企業が真っ当でないと予想されるなら
この地区の方からはまずは臭いが問題視された
進出企業(タナカ興業)が現在行っている堆肥と称するものの
生産と処分を行っている場所(豊橋東細谷の工場・田原市和地)
に行って、臭いを確認したところ
尋常なものではないことがわかった
(これは自分も現地に赴いて確認した
行った日は工場は大したことはなかったが、和地の方は
風下で臭いを感じたと思ったら吐き気がしてきた )
臭いというが、実際には生活する上で大変な障害となる
まずは洗濯物が干せない(臭いが移ってしまう)
子どもたちが外で遊べない
いつも窓を閉め切った生活をしなければならない
これらは田原の人たちが実際に経験していること
だから新城市も同じことが予想される
問題はそれだけではなかった
田原の積み上げられた堆肥というものの土壌を調べてみると
有害物質のヒ素がとんでもない数値でカウントされた
新城市にできるのは工場だけで
堆肥が積み上げられる訳ではない
とのんびり構えていると、知らないうちにとんでもないことになる
田原市もそうだったように耕作放棄地、
歳をとってもう野菜をつくることも無くなった 畑に
畑の有効な使い方(現金化)の一つ として
この堆肥と称するものの施肥やら保管が提案される
そしてその内容がよくわからないうちに契約
気がついた想像もしなかった出来事に発展
つまり先ほどのヒ素などの土壌汚染が後々の
水質汚染にまで広がっていく可能性は充分に予想される
タナカ興業の生産する(中間処理する)堆肥は食物残渣・下水汚泥由来で
その中にどんな成分が含まれているかは不明
(その為に県は下水汚泥由来の肥料の使用については使い道を限定しているとか)
つまり、工場が一つ出来てしまうということで
それから派生する問題が幾つもあるということ
臭いの問題から発生する暮らしにくさ
知らず知らずのうちの産廃投棄の集積地
水源汚染の問題
これらは、単に新城市の八名地区だけの問題ではない
いつか自分の身に降り掛かってくる可能性のある問題といえる
でもそれには少しばかりの想像力と何かに共感する力が必要
とりあえず地元の方は、産廃の社会的意味などの問題はさておき
問題となる産廃業者の進出阻止を目指す
そして一見頭ごなしの否定に思えるこの活動は
対象となる産廃業者の現実・実情が明らかになるに連れて
不安は益々募っていく
それは臭いやヒ素の問題だけではなく
産廃業者に質問状を提出したのもかかわらず
何の解答も寄せられなかったり
代表者が説明会に出席するようにお願いしても無視されたり
つまり、企業としてどうなのか?
という点まで不信感が募ってくる
この南部工業団地の営業許可を下すのが県の仕事
とはいうものの県も地元の声を無視して
簡単に許可を下す訳にはいかない
一応の市の方向性も尋ねることになる
そこで市の方針・方向性の問題
地元は完全に進出に反対の姿勢
しかし、市はどうも同じようには考えていない
その一つの現われとして、先日も話題となった環境保全協定の問題がある
営業許可は県の決めること、決まってからでは遅すぎるので
予め環境保全協定を結ぶことは有意義
地区でできないなら市が責任をもって行う
というのが市の考え方
ところが、反対派の視点からだと
環境保全協定を結ぶという事自体が、市は営業許可を出しても良いもの
と県が判断してしまわないか、それにこの環境保全協定を守るかどうかにしても
今までも質問には答えない、説明には来ないと言う企業が
はたして守るものなのか、本当に実効性があるものなのか
おおいに疑問で安易に結ぶべきものではないと考える
この辺りになると、市の向かっている方向というのが
誰の意志を反映しているのだろうかと思ってしまう
少なくとも八名地区の人達の意見を代表しているわけではない
市は一般論で物事を考えようとする
しかし、それが良いかどうかはさておき普通の市民は
現実、目前の問題について考える
今回は産廃の概念論ではなく、現実の少し問題がありそうと
予想される企業の進出についての反対活動
市とか行政は、言葉の上では市民が主役と言いながら
現実にはなかなかそれを実践していないと思われることが
少なくない
声を上げる市民がいても、その数は一部と判断してみたり
自分たちの正当性を訴えるが、解決策を提案しなかったり
先の住民投票に関する出来事にも本当によく見られた(見られる)光景だ
もっとも、市の職員が市民の方を向いていないか
といえば、そんなことはなく、
職員の方は与えられたなすべき仕事を
単に真面目に取り組んでいる可能性がある
なずべき仕事、その方向性を決めるのは、、、
結局、そのところ
どのような方向に持って行きたいかを
妙に勘ぐられることなく、公明正大にクリーンに
市民全体に理解されていればいいのだが
新城市はそれができているのだろうか?
ゴチャゴチャ書いてたら、まとまらなくなってしまった
でも、大事なことは
産廃問題は八名地区の問題だけでなく
新城市民全体の問題として関心を持って欲しいということ
一度その臭いを嗅いでみると
それがどれだけ異常なものかわかる
そして臭いを地元の人が否応なく経験することとなったら、、
と想像することは、まわりまわって自分のためにもなるのでは
(普段探しもので時間を使ってばかりのぐーたらな自分でも
これじゃいけないと思うから、こころある人はきっと心痛めるはず)