父の嫌いな食べ物はカボチャだった
好きなものは覚えていないが、嫌いなものはその理由のせいで
はっきり覚えている
父がカボチャが嫌いなのは戦時中に嫌というほど食べさせらたからだ
田舎の新城でも食べるものが潤沢にあったとは言えなかったらしい
父は毎日毎日カボチャを食べさせられた
食べるものが無いよりは良かったかもしれないが
流石に毎日はしんどかったらしい
息子の自分はカボチャは嫌いではない
なんで、これが嫌いなのか、、と思うほどだが
父が嫌いになる理由はわかる
戦争は一時的な高揚感で決める類のものではない
(最近威勢のよい言葉を耳にする)
核の抑止力は幻想だ
現実はロシアが核を使うかもしれないという不安で
ロシアの力による進撃を止められないでいる
母はウクライナの惨状を映すニュースを見て
いやだなあ!といつも口にする
母は豊川海軍工廠の爆撃を実体験している
逃げるのに必死で人を踏んづけた記憶は脳裏から離れないようだ
せめてお盆くらいは平和な気分でいたいものだ
昨日、迎え火を焚いて祖父母と父とおばさんが帰ってきた
去年とは少し違った風景になっている我が家
でもできるだけお棕櫚様には快適に過ごしてもらいたい
昨日の花火大会は予定通り開催された
我が家からも少し見えるので、時々窓際によって眺めた
こういうときのスマホは便利だ
動画モードで撮れば花火撮影の失敗はない
早速ラインで姉妹に動画を送った
ところで、お棕櫚様は花火が見えただろうか