物理と数学:老人のつぶやき

物理とか数学とかに関した、気ままな話題とか日常の生活で思ったことや感じたこと、自分がおもしろく思ったことを綴る。

高瀬正仁著『岡潔』

2008-10-27 11:42:29 | 数学

岩波新書の新著である高瀬正仁著『岡潔』を読んでいる。岡潔は数学の多変数関数論の分野ではよく知られた巨人である。

「岡の前に岡なし、岡の後に岡なし」といっていいくらいの数学者であるらしい。昨今の数学会のノーベル賞ともいわれるフィールズ賞は40歳以前の数学者に与えられる賞だが、これらの賞には無縁だったが、天才というにふさわしい人である。

もちろん岡が数学にのめりこんで没頭したことにより、岡の社会的、世間的な評判はあまりよくない。奇行や失跡等があった人である。だが、その数学的天才はまごうことがなかった。

昔、私は誰かに言ったことがあるが、「彼くらいの才が私にあるのなら、なんと言われても私は意に介さない」と。ただ、こういった天才のまわりにいる人はつきあうのは大変だったろうなと思う。

高瀬の『岡潔』は抑えた調子でこの岡の様子を書ききっている。数学の言葉は出てくるが、式は一つも出てこない。私は1変数の関数論でさえ理解が十分でない方だが、その雰囲気はよく伝えているのではなかろうか。数学者の伝記を書くのは難しい。それは内容が普通の読者に理解が簡単にできるようなものではないから。

普通なら世間的な数学者の奇行とか何かに重点がおかれてしまい、数学の内容への言及は少なくなってしまうのだが、この本には言葉で意を尽くすことができないかもしれないが、その数学的な内容を伝えようとしている。

残念なことは岡の跡を継ぐ、多変数関数論の学者が世界的にいないらしいことだ。岡潔の数学的な問題意識が消えて誰にも受け継がれていないことが描かれている。もう、日本にはそのような社会的余裕はまったく残っていないのだろうか。現代社会における効率化の弊害は大きい。

(217.7.13付記)多変数関数論が応用上も将来において重要であろうというのが岡が多変数関数論を終生のライフワークにした理由であったろうが、いろいろな事情でそれが実現はしていないらしい。それと同時にやはりとてもこの分野が難しいことが挙げられるのであろう。残念なことだが。

(2023.6.12付記)岡潔についての表現を一部改めた。ご本人に対して失礼であったとの考慮からである。前にはうっかり書いてしまい、気がつかなかった。お詫びをしてすむことではないが、お詫びをしておく。