先日、朝日新聞で俳優の香川照之さんのエッセイを読んだ。それは黒沢清監督の映画に出演して演技指導を受けたときの話である。ある演技をするように黒沢監督は言った直後に「この行為は特に意味はありません」とつけ加えたという。香川さんにはこれがある意味でショックというか新鮮に思えたという。
俳優さんはどこかの劇団に所属してその役割の心境なり、歴史なり、背景なりを自分で考えて役を演ずるようになるのが、普通だと思う。どなたかの回想にもそういうことをしなくてはいけないということを知ってはじめて役者というものがわかってきたというようなのがあった。
ところが、黒沢監督の指示は一見すれば、これに反するように思える。だからこそ、香川さんは新鮮に感じたのだろう。だが、それだけのはずはない。だとすれば、黒沢監督の「特に意味はありません」というコメントは何を指すのだろうか。その辺はエッセイには書かれていないのでこちらの想像に任されている。
あまり深刻に考えるなということで「自然体で演技せよ」ということなのか。はたまた、そう突き放すことでかえって自分で考えることを促しているのかよくわからない。確かにそれによってある種の新感覚を呼び覚まそうとしているのかもしれない。しかし、真意は私にはわからない。