年をとったら何をするか。ちょっと旧式の数学者であった佐々木重吉先生は「初等幾何の問題を解く」と言っておられた。佐々木重吉先生は名物先生であり、E大学の工学部の昔の卒業生ならば、大抵は佐々木先生の微分方程式の講義を聞かれているはずである。
授業の終了の鐘がなってから、それでも5分とか延長して講義を続けられるとか、春休みになったのに数学の補講をされるとか、ナイターと称して夕方に補講があるとか。
ある意味では正規の授業時間中では講義の内容が教えおわらないので、補講をということだったらしい。残念なことにというか、幸いというべきかはわからないが、私は先生の講義を受けたことはない。
この佐々木先生のライフワ-クは『微分方程式概論』(槇書店)である。ちょっと旧式の記述ながら、先生の薀蓄を余すところなく示されている。3次元のラプラス演算子を極座標で表すという計算をまったく便法などつかわずに計算された貴重な記録が下巻にある。この計算はあまり他の文献では見かけたことがない。もちろん便法を用いた計算も同時に収録されている。
その下巻と中巻を購入したと先生にお会いしたときに話をしたら、「上巻は購入するのを待ちなさい」と言われてそれで待っていたら、増刷時に先生のところに送られてきた、上巻を私に下さった。「贈呈、佐々木重吉」と先生の几帳面な字で書かれてある。
先生はお子さんがおられなかったこともあって教え子の学生を大切にされた。私の知っているだけでも数人の先生に私淑する方がおられた。
先生は東京物理学校から東北大学へと進まれて、その卒業後中学校の先生を数年なされた後、新居浜工業高等専門学校に赴任されたと聞いている。
中学校時代の教え子にダックダックスのグループの一人の方がおられたと聞いているが、どなただったかはもう覚えていない。
その先生は毎日、1問か2問だけ微分方程式の問題を解かれるということを日課としておられた。そのルーズリーフのノートを整理されて、先生は上記の『微分方程式概論』を書かれた。原稿は漢字カタカナ交じりの文章であったが、出版社の方でカタカナの部分は平カナに変更された。
その先生だから老齢になったら、初等幾何の問題を解くと言われたのであろう。実際に先生がどうされたかは存じ上げない。
人の情報をこういうブログに書くのはときとして問題が起こるとかも聞くが、先生はもちろんのこと、その奥様も亡くなられて久しいので、直接的な被害を被る親戚もあまりいないだろうと思っている。