という題の高橋源一郎さんの朝日新聞のエッセイ「歩きながら、考える」の一つを今朝読んだ。
映画「この世界の片隅に」の舞台になった広島県呉市と広島市を高橋源一郎さんが訪れて書いたエッセイである。実はこのエッセイは全文を読んだのだが、それよりも大きく載っていた写真が私に昔を思い起こさせた。
写真の一つは「かつての軍港周辺が見下ろせる広島市呉市の高台に立つ高橋さん」とキャプションがついていた。これがどこかは正確にはわからないが、私の大学時代の友人 H 君の家の近くの両城の丘ではないかと思った。いまでは友人の家があったところに友人の実家はもうない。
家はもう大分以前に取り壊されたと思うが、それでもその崖の跡地は残っていたが、ある時の大雨でがけ崩れでその宅地は土砂に覆われ、そこには誰も住まわなくなっていたが、それでもそのあとかたずけにかなりの費用がかかったと友人から聞いたことがあった。
その費用は友人と、彼の弟が支払ったと聞いたが、二人ともそこにはもう住んでいなかったので、不満のぼやきが出たと冗談交じりに友人が話してくれたことがあった。
その友人も私としては意外なことにもう数年前になくなり、親しく話をすることもできなくなった。
学生のころにときどきその友人 H 君の家に招待されることがあったが、そこで生まれてはじめて Old Parr というウィスキーを飲ませてもらった。もっとも H 君はアルコールは駄目で、ビールを1杯か2杯飲むと目とか顔が真っ赤になるというふうだった。それは弟さんもそうだったのではないかと思う。
私はアルコール音痴ではないが、それでも私の家に誰かがもってきたレミー・マルタンがいつまでも残っているから、あまり人のことは言えない。
高橋さんのエッセイも感銘を受けたが、写真はもっと五感に迫ってきた。もう一つの写真は「旧広島陸軍被服支廠前」とキャプションにあるから、多分私も若い20歳代の大半をこの付近でうろちょろしていただろうと思う。原爆投下後10年も経過していなかったごろからその後の約10年間のことである。