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私の札幌生活も17年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

いしかり市民カレッジ「アイヌの側から見た北海道150年」№3

2018-06-16 23:22:01 | 講演・講義・フォーラム等

 講座の最後となるこの回には、前回の講師の北原氏とともに、アイヌの血を継ぐ二人の方が同席され、三人それぞれから見た「北海道150年」を語ってくれた。その一つ一つが傾聴に値するものだった…。

  6月14日(木)午前、この講座のシリーズ3回目の最終講義が花川北コミセンで開催された。この回は「共に生きるために、アイヌが語る」と題して、前述したように三人のアイヌの血を継ぐ方々が、それぞれの想いを語った。

 

 その三人とは、前回の講師でもあった北大アイヌ・先住民研究センターの准教授の北原次郎太氏、同じく北大アイヌ・先住民研究センターの技術補佐員の橋本隆行氏、そして北大大学院文学研究科の博士課程に在学する石原真衣氏の三人だった。

 発表順に講演の要旨をまとめてみたい。

               

 石原真衣氏は、彼女の生育過程においてアイヌのルーツを明かさずに成長してきたそうだ。しかし、口の周りに入れ墨を入れた曾祖母はアイヌ民族の風習を子どもに伝えようとしなかったり、祖母はアイヌの血を薄めようと和人と結婚したりしたそうだ。そして彼女の母はアイヌ文化を身につけていないということで自らの存在を悩んでいる姿を見ながら育ったという彼女はいつもアイヌのことを意識しながら成長したようだ。

 そうした姿を見ながら成長した彼女は、「北海道150年」と聞いて、確かに開拓使設置後、和人が入植し、苦難の中で開拓し、現在の北海道があるのは多くの人たちの努力の結果だとは思うが、そこからアイヌという存在が置き去りにされてきたという痛みがあるという。

 アイヌの出自を持ちながら、アイヌの歴史や文化、他のアイヌの人たちに対して、親近感を持てず、家族ともアイヌの問題について語ることもできず、社会の中でたった一人沈黙している状況にあるという。そのようなアイヌの姿を彼女は「サイレント・アイヌ」と呼称する。

 彼女は今「サイレント・アイヌ」を脱したけれど、今なお多くのアイヌの血を受け継ぐ人たちが「サイレント・アイヌ」でいなければならない状況を一刻も早く脱して、自らの出自やアイヌの歴史や文化に誇りが持てるような状況を作っていかねばならないと主張された。

              

 続いて登壇した橋本隆行氏も、その生育過程においては自ら出自がアイヌであることを周りに隠しながら成長したそうだ。しかし、その内実はアイヌであることを周りに知られないようにいつも不安の中で過ごしてきたそうだ。

 しかし、成長して成人したあたりから自分の出自をもっと知るべきだと思い始め、アイヌの関する社会活動に参加するようになったという。

 その延長線上で、自らのルーツを探るために家系図の作成を思い付き、できるかぎりの手を尽くし、6代前くらいまで遡った素晴らしい家系図を完成させたものを見せていただいた。

 彼は言う。北海道150年は和人だけのものではない。アイヌも含めて開拓に従事した人全てが苦労した150年を忘れるべきでないし、忘れたくないと思う、と締めくくった。

 

             

 最後に登場したのは北原次郎太氏である。

 北原氏は前回に比べると、現状に対してやや攻撃的な言述に終始したように私には映った。

 北原氏が今の日本社会に対して望むことは、アイヌとして生きたい・アイヌ語を使いたいことだそうだ。それは、子育てや日常生活、パスポートへの表示などにおいてということだ。しかし、現状は…。

 そうした望みに対して、周りは否定しない層と否定する層に分かれるという。否定する側は、波風を立てるなという単一の価値観の強要があるという。

 あるいは、アイヌ語は死語じゃないか。もうアイヌはいないじゃないか。お前は混血じゃないか。もう日本人化しているじゃないか。などというアイヌの思いを全く理解しようとしない層がまだまだ多いことを指摘する。

 アイヌの側から見た150年は、和人による「取り込み」と「主体性の剥奪」と指摘した。そして現状は再び危機が訪れていると北原氏は言う。その危機とは、再忘却、現状肯定、免責のための選択的想起であるとした。

 ワードの個々の説明は省くが、北原氏が指摘するのは和人の側が以前と比べると巧妙に事実を隠蔽しようとしていることへの怒りの告発のように聞こえてきた。

 北原氏は最後に言う。「歴史に『もしも』を言ってもよい」と言う。「あのときこうなっていたら」と声に出して言うことで、現状を追認するのではなく、未来を変えるための契機になると…。

                                           

 三人の話を聞いて、アイヌの方々がその心の内に大きな重荷を背負いながら生きていたことを今さらながら教えられた思いだった。

 社会はアイヌ問題だけではなく、LGBTの問題など、多様性を認めようとする社会へと変貌を遂げつつあるように思われるが、アイヌの方々から見るとその速度や内容にはまだまだ物足りないということなのだろう。

 今回の講座受講の動機を私は第1回目のレポで「北海道において営々と歴史や文化を育んできたアイヌのことについてもっと知りたい」と記した。そういう意味においてとても意義深い講座だった。