『柔らかな頬』
桐野夏生、2004、『柔らかな頬』、文春文庫
本書は、幼女の失踪事件をめるぐ人間の感情、人間観・人生観、他者の行動に関する想像力を描いたもので、たいていの小説が持つある種のカタルシスとは異なる居心地の悪い読後感を持つであろう。
北海道留萌地方の寒村に生まれた主人公カスミは、高校卒業とともに生家から脱出し、東京に出てくる。デザイン学校に入学し、両親との連絡を一切絶ち、自立して生活。卒業後、小さな写植屋に職を得る。認められて、責任ある仕事を任され、やがて社長からの求婚を受け入れ結婚して二人の子供をもうけ、会社での仕事も継続する。
しかし、カスミは、いつしか、出入りのデザイナー石山と不倫関係に入る。そのきっかけは、自分の置かれている境遇、小さな家族経営の会社の行き詰まり、また、家庭でも子供をもうけて一見幸せに見える中、夫や家庭環境の救いのなさに息が詰まる思いをしていたことだった。彼女は生家を出たように、婚家からもある種の脱出をしようとしたのだ。夫を捨て、子供を捨て、現在の自分自身の環境を捨てようとする自分に気がつく。
不倫相手の石山は北海道支笏湖畔に別荘を買い石山の家族とカスミの家族を伴って出かけ、周りの目を盗んで密会をすることを企図する。購入した別荘の隣人や別荘地のオーナー、管理人、駐在および彼らの家族関係を加えて物語りは急展開する。そうしたなか、カスミの長女有香が突然消えたのである。これを契機に彼女をめぐる人間関係は次々とドロドロした内実を暴露し始める。人間の外見的な装いと秘められた感情が一人称、三人称の表現で描かれる。それは、登場人物の誰の想像した誰かの行動が一人称で描かれており、現実に起こったことであるのか、それとも単なる他者の第三者の行動についての想像であるのかが、事実関係を交錯させて描かれるのである。
失踪以来4年たち、毎月11日(月命日のようなもの)には関係者に電話をかけ、事件のあった8月11日には現地に出かけ捜索を続けるカスミの前に、幼女失踪事件のテレビ番組に出演したことを契機として、末期癌をわずらい生きがいもしくは死にがいを求めている元刑事の内海が現れる。カスミは、内海と二人で捜索を継続する。
犯人はいったい誰か、また、その動機はどのようなものであったのか、その結論は読者が想像するよりほかなく、読者もまた本書における人間像に関する理想と現実、事実と想像を交錯させる著者の意図にはまり込んでいくのである。そして、ざらつく読後感の悪さは、読者に対してどのような影響を及ぼすのか強い関心を持つものである。
なお、本書は、平成11年の直木賞受賞作で、その後、文庫化されたものである。
本書は、幼女の失踪事件をめるぐ人間の感情、人間観・人生観、他者の行動に関する想像力を描いたもので、たいていの小説が持つある種のカタルシスとは異なる居心地の悪い読後感を持つであろう。
北海道留萌地方の寒村に生まれた主人公カスミは、高校卒業とともに生家から脱出し、東京に出てくる。デザイン学校に入学し、両親との連絡を一切絶ち、自立して生活。卒業後、小さな写植屋に職を得る。認められて、責任ある仕事を任され、やがて社長からの求婚を受け入れ結婚して二人の子供をもうけ、会社での仕事も継続する。
しかし、カスミは、いつしか、出入りのデザイナー石山と不倫関係に入る。そのきっかけは、自分の置かれている境遇、小さな家族経営の会社の行き詰まり、また、家庭でも子供をもうけて一見幸せに見える中、夫や家庭環境の救いのなさに息が詰まる思いをしていたことだった。彼女は生家を出たように、婚家からもある種の脱出をしようとしたのだ。夫を捨て、子供を捨て、現在の自分自身の環境を捨てようとする自分に気がつく。
不倫相手の石山は北海道支笏湖畔に別荘を買い石山の家族とカスミの家族を伴って出かけ、周りの目を盗んで密会をすることを企図する。購入した別荘の隣人や別荘地のオーナー、管理人、駐在および彼らの家族関係を加えて物語りは急展開する。そうしたなか、カスミの長女有香が突然消えたのである。これを契機に彼女をめぐる人間関係は次々とドロドロした内実を暴露し始める。人間の外見的な装いと秘められた感情が一人称、三人称の表現で描かれる。それは、登場人物の誰の想像した誰かの行動が一人称で描かれており、現実に起こったことであるのか、それとも単なる他者の第三者の行動についての想像であるのかが、事実関係を交錯させて描かれるのである。
失踪以来4年たち、毎月11日(月命日のようなもの)には関係者に電話をかけ、事件のあった8月11日には現地に出かけ捜索を続けるカスミの前に、幼女失踪事件のテレビ番組に出演したことを契機として、末期癌をわずらい生きがいもしくは死にがいを求めている元刑事の内海が現れる。カスミは、内海と二人で捜索を継続する。
犯人はいったい誰か、また、その動機はどのようなものであったのか、その結論は読者が想像するよりほかなく、読者もまた本書における人間像に関する理想と現実、事実と想像を交錯させる著者の意図にはまり込んでいくのである。そして、ざらつく読後感の悪さは、読者に対してどのような影響を及ぼすのか強い関心を持つものである。
なお、本書は、平成11年の直木賞受賞作で、その後、文庫化されたものである。
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