和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

明治10年生まれ。

2012-07-02 | 本棚並べ
新潮社からドナルド・キーン著作集が順次刊行になっておりますね。
この機会に、キーン氏の古本の未読本を読もうと思っております(笑)。
さてっと。
ドナルド・キーン氏の先生といえば、角田柳作先生が思い浮かびます。キーン氏の本に登場する角田先生の講義は、キーン氏ひとりを相手に日本を全身で教えている。そんな雰囲気をたたえております。
それでは、角田柳作先生がどのようなことを教えていたのか?
と思ったことがあります。ぼんやり思うだけで、すぐに私には手に負えないことを自覚するのでした。そんなことを思っている際に、違う角度で読み始めればいいのじゃないか。と愚考したことがありました。
その違う角度というのが、明治10年生まれ、ということでした。
荻野富士夫著「太平洋の架橋 角田柳作」(芙蓉書房出版)の年譜をめくると、
明治10(1877)年1月28日 群馬県勢多郡久田村に生れる
とあります。
ちなみに、窪田空穂の年譜をみると
明治10年6月8日 長野県東筑摩郡和田村町区に生れる。

そうだったのだ。
このお二人はともに、明治10年生まれだったのでした。
年は違いますが、
ともに東京専門学校文学科に入っております。

さいわい、窪田空穂全集ならば古本で簡単に手に入る。
じつは、この窪田空穂全集を買おうかどうか迷っていたときがあります。
それは、山村修著「狐が選んだ入門書」(ちくま新書)を読んでいる時でした。
狐さんが紹介している各入門書は
たいていが文庫にはいっていたり、単行本で入手できるものでした。
それなのに、一冊だけ全集でしか読めない本があるのです。
それが、窪田空穂『現代文の鑑賞と批評』(「窪田空穂全集」第11巻所収)。

うん。全集を買っても、まず私は他の巻は読まない。
でも、とりあえず第11巻は読みたい。
けっきょく、何だかんだと理屈をつけて全集を購入することにするわけですが、その理屈の一つに、最初に書いた「明治10年生まれ」をもってきたわけです。そして、買い。第11巻を読みました。読んでよかった。
ですが、他の巻は、ホコリにまみれることとなりました。

大岡信氏による窪田空穂の文庫解説なども読んで
窪田空穂の全集月報までは、どうにか読みました。
そこから、先に読みすすめない(笑)。
どうも、古典のハードルは私には高すぎるようでした。

さきごろ、現代語訳の伊勢物語をちらりと読み。
すこし興味を持ちまして、
その際に、辞書をひくようにして
窪田空穂全集の伊勢物語に関連する箇所をさがしてみたとしたわけです。
伊勢物語のお話を、どなたかに聞きたかった、そんな私がおりました。
そう思ってひらくと、ありがたい古典の水先案内人が
ここに、じっと待っていてくださった、というわけです。

まず、ひらいたのは全集の第九巻「古典文学論Ⅰ」でした。
その「小話集としての伊勢物語」(p204~)に
こんな箇所があります。

「作者の書き現はし方は極めて簡潔である。然り簡潔でありて短いのではない。表面に現はしてある事柄は僅かではあるが、其れを通して複雑した心持、長い時間をも、朧げならず想像させる。・・」

うん。うん。と現代語訳だけしか読まない私にも
納得する語りかけで勘所をぐいっとひっぱりだしてくださる。
さらにつづけて引用。

「伊勢物語の書き現はし方の妙を見ると、如何に描写といふ事が力強いものであるかといふ事を今更のやうに思はせられる。・・・」

「伊勢物語は、これを小話として見て行くと如何にも粗描である。が単純なる句と句と重なつて居る間に、微妙にも情緒が潜んで流れて居る。其れが一緒になつて軽々には読み去らせず、ずつと斯う眼を据ゑて見させずには置かないと言つたやうな魅力になつて居る。接続詞を多く使はず、句も長さを貪らず、ぼつりぼつりと要点だけを言つてあるだけで此れだけの味ひを持つて居る――文章の渋い味とも言うべき方面は、殆ど遺憾なきまでに現はして居る感じがする。」

「いづれにもせよ、我々伊勢物語を読むと、奈良朝より平安朝へ懸けた頃の生活の有様、昔も今も変らない人の心持といふものが眼の前に浮んで来る。そして其れが歌ではとても与へられないと思はれる別種の深い興味となつて来る。」


このあとに具体的な例をしめしてゆくのでした。

うん。伊勢物語を読んでから、その書評を読んでいるような。
言葉にならない、もどかしさを、うんうん、その通りと、
明快に教えてくださっているような、うれしさがあります。

さてっと、
窪田空穂全集には
大正元年(1912年)36歳に出版された
「評釈伊勢物語」の巻と
昭和30年(1955年)79歳で出版された
「伊勢物語評釈」の巻もあるので

この興味が続くうちに、たのしみにパラリパラリとひらいてみることにします。
コメント
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