藤原正彦著「大いなる暗愚」(新潮社)
の古本を買う。連載コラム「管見妄語」の一冊。
パラリとひらけば、女房ものも気になるけど、
ここでは、「白い花が好きだった」を引用。
はじまりは
「庭にコブシが咲き始めた。
父が植えたものである。もうじき
信州でもコブシが咲くだろう。
山がまだ枯木で覆われている頃に、
いち早く春の訪れを告げる春告花である。・・
父にとってコブシこそは、春であり希望であり
郷愁だったのである。だから昭和27年の3月
初めに吉祥寺に引っ越してまずしたことは、
コブシを庭に植えること、そして小学校2年の
私を散歩に連れ出し近隣にコブシの花を探すこと
だった。井の頭公園の弁天池のほとりで見事な
コブシを見た時、父は大はしゃぎだった。・・
次に見つけたのが我が家から五分ほどの所に
あるコブシだった。庵とも呼ぶべき小さな
古家の小さな庭に、不相応ともいうべき
巨木が白い花を咲かせていた。父はここで
立ち止まると五分ほども腕組みをして
その姿を愛で、『コブシはもともと山の木だから
ここの主人がわざわざ植えたに違いない』と
つぶやいた。そして『同好の士として
ちょいと挨拶してこよう』と言うと玄関まで
行きベルを押した。・・・」
これが前半。
後半がどうなったか、それは読んでのお楽しみ。
年の暮れに、掃除もせずに、
詰めこんであったのをポツポツと
片付けはじめる。
そしたら、もう無くなってしまった
レビュージャパンのファクトリーBBS
での「『手紙の話』しませんか」という
コーナーをプリントアウトして簡単に
ホチキス止めした冊子が出てくる(笑)。
その2006年11月7日「投稿はがき」に
毎日新聞10月8日河野裕子歌壇選の
短歌が引用されておりました。
会ひたいと必ず最後に書いてあり
九十歳の叔母の手紙は
( 伊勢市 大田千枝 )
そういえば、2015年1月14日産経新聞の
伊藤一彦選の短歌のはじめはこうでした。
卒寿すぎ少し世間が見えてきた
もう遅いのだいやまだこれからだ
( 高知市 武内章實 )
選評も引用します。
「九十歳をすぎて世間が見えてきた
という思いは貴重なものだ。
心が新鮮なのである。そんな作者だから、
『まだこれから』と意欲をもつのである。」
の古本を買う。連載コラム「管見妄語」の一冊。
パラリとひらけば、女房ものも気になるけど、
ここでは、「白い花が好きだった」を引用。
はじまりは
「庭にコブシが咲き始めた。
父が植えたものである。もうじき
信州でもコブシが咲くだろう。
山がまだ枯木で覆われている頃に、
いち早く春の訪れを告げる春告花である。・・
父にとってコブシこそは、春であり希望であり
郷愁だったのである。だから昭和27年の3月
初めに吉祥寺に引っ越してまずしたことは、
コブシを庭に植えること、そして小学校2年の
私を散歩に連れ出し近隣にコブシの花を探すこと
だった。井の頭公園の弁天池のほとりで見事な
コブシを見た時、父は大はしゃぎだった。・・
次に見つけたのが我が家から五分ほどの所に
あるコブシだった。庵とも呼ぶべき小さな
古家の小さな庭に、不相応ともいうべき
巨木が白い花を咲かせていた。父はここで
立ち止まると五分ほども腕組みをして
その姿を愛で、『コブシはもともと山の木だから
ここの主人がわざわざ植えたに違いない』と
つぶやいた。そして『同好の士として
ちょいと挨拶してこよう』と言うと玄関まで
行きベルを押した。・・・」
これが前半。
後半がどうなったか、それは読んでのお楽しみ。
年の暮れに、掃除もせずに、
詰めこんであったのをポツポツと
片付けはじめる。
そしたら、もう無くなってしまった
レビュージャパンのファクトリーBBS
での「『手紙の話』しませんか」という
コーナーをプリントアウトして簡単に
ホチキス止めした冊子が出てくる(笑)。
その2006年11月7日「投稿はがき」に
毎日新聞10月8日河野裕子歌壇選の
短歌が引用されておりました。
会ひたいと必ず最後に書いてあり
九十歳の叔母の手紙は
( 伊勢市 大田千枝 )
そういえば、2015年1月14日産経新聞の
伊藤一彦選の短歌のはじめはこうでした。
卒寿すぎ少し世間が見えてきた
もう遅いのだいやまだこれからだ
( 高知市 武内章實 )
選評も引用します。
「九十歳をすぎて世間が見えてきた
という思いは貴重なものだ。
心が新鮮なのである。そんな作者だから、
『まだこれから』と意欲をもつのである。」