第5話『5th STAGE 社内恋愛(営業部)』2022年5月11日(水)放送
「年の瀬、麻理鈴(今田美桜)の営業四課への異動が決定した。女性課長が男性の部下相手にセクハラ事件を起こした影響で、空きが出たのだ。課長の三島(山口智充)が率いる営業四課は、効率化重視のため残業禁止。それどころか、仕事に支障が出るからと課内恋愛も禁止しているという。」
「職場の人間関係の火種になりかねないとわかっているのに、なぜ社内の人と恋せざるを得ない状況に陥ってしまうのか。麻理鈴とチーム三島の面々がたどり着いた答えは?」
平成版ドラマ「悪女」の株式会社近江商事には、一般職のOLが登場する。
彼女らは「腰掛け」、つまり寿退社(結婚退職)がデフォルトとされていた。
ところが、この状況が、令和版ドラマ「悪女」では一変する。
一般職はなく、ゆえに結婚退職制もなく、なんと、課によっては「課内恋愛禁止」がルール化されている。
平成版とは真逆だが、裏返すと、依然としてやはり社内恋愛が多いということなのである。
峰岸「社内恋愛は身を滅ぼす。・・・昔は女が稼ぎのいい男を会社に探しに来てた。今は共働きでも社内恋愛が多い。なぜか分かる?」
ところで、私見では、結婚退職制(人件費抑制も狙っている:単身赴任ハラスメント)を採用している会社は、「イエ」的な要素を持っている可能性が高いと思う。
なぜなら、この種のカイシャは、一部の社員をéchangeの客体として扱った上(カイシャ人類学(2))、この人たちも含めて「丸抱え」して「イエ」を形成しようとしているからである。
タテ社会の人間関係 講談社現代新書 著:中根 千枝
「日本の「家」にあらわれている集団としての特色は、また大企業を社会集団としてみた場合にもみられるのである。すなわち、終身雇用制によって、仕事を中心とした従業員による封鎖的な社会集団が構成される(中略)ばかりでなく、従業員の私生活、すなわち、家族にまで会社の機能や及んでいる。・・・したがって、従業員は家族の一員であり、「丸抱え」という表現にもあるように、仕事ではなく人を抱えるのであるから、当然その付属物である従業員の家族がはいってくる。したがって日本の企業の社会集団としての特色は、それ自体が「家族的」であることと、従業員の私生活に及ぶ(家族が外延的にはいってくる)という二点にある。後者は前者の当然の結果として出てくる。」(p42~43)
「年の瀬、麻理鈴(今田美桜)の営業四課への異動が決定した。女性課長が男性の部下相手にセクハラ事件を起こした影響で、空きが出たのだ。課長の三島(山口智充)が率いる営業四課は、効率化重視のため残業禁止。それどころか、仕事に支障が出るからと課内恋愛も禁止しているという。」
「職場の人間関係の火種になりかねないとわかっているのに、なぜ社内の人と恋せざるを得ない状況に陥ってしまうのか。麻理鈴とチーム三島の面々がたどり着いた答えは?」
平成版ドラマ「悪女」の株式会社近江商事には、一般職のOLが登場する。
彼女らは「腰掛け」、つまり寿退社(結婚退職)がデフォルトとされていた。
ところが、この状況が、令和版ドラマ「悪女」では一変する。
一般職はなく、ゆえに結婚退職制もなく、なんと、課によっては「課内恋愛禁止」がルール化されている。
平成版とは真逆だが、裏返すと、依然としてやはり社内恋愛が多いということなのである。
峰岸「社内恋愛は身を滅ぼす。・・・昔は女が稼ぎのいい男を会社に探しに来てた。今は共働きでも社内恋愛が多い。なぜか分かる?」
ところで、私見では、結婚退職制(人件費抑制も狙っている:単身赴任ハラスメント)を採用している会社は、「イエ」的な要素を持っている可能性が高いと思う。
なぜなら、この種のカイシャは、一部の社員をéchangeの客体として扱った上(カイシャ人類学(2))、この人たちも含めて「丸抱え」して「イエ」を形成しようとしているからである。
タテ社会の人間関係 講談社現代新書 著:中根 千枝
「日本の「家」にあらわれている集団としての特色は、また大企業を社会集団としてみた場合にもみられるのである。すなわち、終身雇用制によって、仕事を中心とした従業員による封鎖的な社会集団が構成される(中略)ばかりでなく、従業員の私生活、すなわち、家族にまで会社の機能や及んでいる。・・・したがって、従業員は家族の一員であり、「丸抱え」という表現にもあるように、仕事ではなく人を抱えるのであるから、当然その付属物である従業員の家族がはいってくる。したがって日本の企業の社会集団としての特色は、それ自体が「家族的」であることと、従業員の私生活に及ぶ(家族が外延的にはいってくる)という二点にある。後者は前者の当然の結果として出てくる。」(p42~43)