Don't Kill the Earth

地球環境を愛する平凡な一市民が、つれづれなるままに環境問題や日常生活のあれやこれやを綴ったブログです

「共苦」の正体

2022年07月19日 06時30分14秒 | Weblog
パルジファル〈新制作〉
 「《二期会創立70周年記念公演》 フランス国立ラン歌劇場との共同制作公演 東京二期会オペラ劇場

オペラ対訳ライブラリー ワーグナー パルジファル 高辻知義 訳
 「共苦によって智を得たる 純粋なる愚者、彼を待て、我が選びたる彼を。」(p29)

 ワーグナーによれば、「共苦」(Mitleid)は、パルジファルに智を与えるものであるという。
 この解釈は難しいが、ここはやはりニーチェ先生に解説してもらうのがいいだろう。

ツァラトゥストラ ニーチェ 著/手塚富雄 訳
 「わたしの見るところでは、君たちはあまりにも残忍なまなざしをしている。そして悩んでいる者たちを淫らな目でながめるのだ。それはただ、淫欲が変装して、同情と自称しているのではないか。」(p85)

 ツァラトゥストラは、「共苦」(Mitleid)は「淫欲」(Wollust)が変装したものであると指摘している(手塚先生は「同情」と訳している。)。
 補足すると、抑圧された対象リビドーが、承認を求めて変装し、「精神上の仕事」で認めてもらいたがり、とりわけ悩んでいる者たちに同情する(「共苦」)そぶりをしながらも、実は、他人が苦しむ姿を見て、淫欲が満たされるのを感じ、舌なめずりして喜んでいる(手塚先生の表現)わけである。
 何やらサディズムのようであるが、私見では、ニーチェ先生が「パルジファル」を酷評した理由は、これだけにとどまらない。
コメント
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