高校時代の音楽の時間、歌うのが好きだったのがシューベルトの「冬の旅」
一曲目のおやすみ、それからイタリア民謡の「帰れソレントへ」とか
トスティの「マレキアーレ」だ
後者は声をいっぱいに張り上げて歌うのが心地よかった
シューベルトはピアノ伴奏がとても魅力的に思えた
しかし、冬の旅はハンス・ホッターの歌うレコードを聴いてから
聴くのが辛くなった
そこには単色の風景が思い浮かび、絶望しかないようなイメージが浮かび
気楽に向かい合えない気がしていた
だから「冬の旅」は聞くことは多くなかった
だが不意に冬の旅を聴いてみようか!
という気になって、やはりハンス・ホッターのものを引っ張り出した
レコードはフィッシャー・ディスカウのものもあるが
音色の変化とか転調の効果があまりにも賢く思えて
無骨で真面目なホッターを聴いてみることにした
すると案外思い違いをしていたことに気づいた
ハンス・ホッターの声は思いの外良かった
良かったというより美しいと思えた
解釈がどうの、、という前に、素材としての声が良い
それは若い時には思えなかった点だった
そして、冬の旅はやはり傑作なのだろう、、
と当たり前の事実を今更感じた
「冬の旅」は実演ではラ・フォル・ジュルネでロシアのピアニストの伴奏で
聴いた気がするし、宗次ホールで女性の歌い手さんと
現代音楽の作曲家兼ピアニストの伴奏で聴いた
だがそれは残念ながらあまり感動するものではなかった記憶しかない
ということで、久しぶりの「冬の旅」の鑑賞は思いの外良かった
そういえば、10年ほど前、1月の冬の時期に郡山から会津若松に向かう列車のなか
外は雪景色で光は乏しく、曇天の窓の外は雪をかぶって木々は薄っすらと見えるだけ
それは幻の太陽の下での景色のようで、それらを見た時には
「冬の旅」の心象風景のような気がしたものだった
そしてその心象風景はとても美しかった