物事を上手くわかりやすく説明できる能力を持った人がいる
分かりにくい本人の著作より
その人の解説書を読んだほうがずっとわかりやすい
いわば参考書みたいなものけれど
気をつけなければならないのは
「~~と、考えた」
という視点であること
これは例えば仏教の(お釈迦様の)教えの
解説を聞く時に感じることなのだけれど
精緻に分析、考察して行く過程を説明し
最後に真理とか人の本性は
~~となったところで、その説明の立ち位置が
彼の人は「と考えた、と思う」に過ぎないことは忘れてはいけない
イエス・キリストもブッダも、また他の人も
多分(?)完全なものを会得したのではなく
彼らの理解する範囲で「~~と考えた」に過ぎないのではないか
結局、自分で考える力こそが自分にとって真理にほかならないけれど
どうも日本人は学び好き
自分で考えるより誰かの後を追うほうが
知ったかぶりをする方が安心で居心地が良いと考えそう
それは先頭を走るのが苦手な今の経済社会にも通じる
お金も儲け方の競争ではなく
新規ビジネスはアメリカの成功例を真似て
迅速に追いかける方をよしとしている姿は
解説書を読んで理解したつもりになっている姿と重ならないか?
~~と考えた
あっていようがいまいが、この姿勢こそが大事なのでは!
賢いということは、実は考える力
記憶する力だけではない
と思う