今年もその時がやってきた
横着者の身とすれば面倒なことと思ってしまいがちだが
それでもここ数年は、これも大事な家族の行事かもしれない
と思うようにもなっている
5月人形の飾りつけだ
毎年のことなのに、どのように飾るのかがスラスラいかないところが情けないが
最近は写真を撮っておいて、思い出しながら隠れている土台をいろいろ有り合わせの品物を
引っ張り出して陳列可能なようにあれこれ思い出しながらつくっている
時が過ぎれば当たり前だが仕舞わなくてはならない
2階の納戸から下ろしたものを上げなくてはならない
痛まないように各パーツを紙で包んで箱に入れて、、、(面倒くさい、、、)
ただただ仕切り役の人の言うことを聞くばかり
でも考えてみると、幸せってことは、こんなことかもしれない、、と思ったりもする
毎年行うことを今年もできるというということ
それを行う時に、昔行った時のことを笑いながら話しながら行う
時にはもっとずっと昔の話まで遡る
そして来年もできるといいねと声を掛け合う
この侍大将、それなりに存在感が有るので季節が終わって片付けてしまうと
ぽっかりあいた空間が無性に寂しく感じてしまう
まるで祭りのあとのように、、
年齢のせいか他愛もない一瞬一瞬がとても大切なように感じてくる