パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

倍返しはなかった(日本対ドイツ戦)

2023年09月10日 16時13分12秒 | サッカー

日本時間の早朝、サッカードイツ対日本の国際試合がドイツで行われた
サッカー界は国際試合週間というものが設定されていて
各国のリーグ戦はお休みにして、普段対戦することのない外国のチームと戦う

普通なら日本は少しランクの低いチームを日本に呼んで
気持ちの良い勝ち方をサポーターに見せるが
今回はドイツから対戦の申し込みがあり
めったにない強豪国とアウェイでの戦いになった

ドイツが日本と戦いたいと熱望したのは
昨年のワールドカップの敗戦の悪夢を払拭したいからで
グループリーグでまさかの逆転負けを食らって
そのせいで2大会連続で決勝トーナメントに進めなかった

ドイツは肝心な試合に負けた時は
次の対戦で倍返しのような試合を展開する

日韓ワールドカップの決勝戦で負けたブラジルには
ブラジル国内で大差の勝利を手にしているし
マラドーナの大会の次の大会では、きっちりアルゼンチンに復讐している

ドイツとはそういう国で、負けっぱなしになることは許されない
と選手も国民も思っていたに違いない
(ドイツと対戦するチームはどこも戦うのを嫌がるものだった)

それが今回は、なんということだろう
倍返しどころか、ドイツの問題点とか停滞が余計にはっきりとなった
(結果は日本4−1ドイツ)
試合前半の菅原からのセンタリングを伊東がネアで合わせたのは
とても良いシュートで、そう何度も決められるものではなかったし
同点直後の上田綺世に方向をちょっと変えたシュートは
彼が準備していたというものの運が良かった
こういう日は運も味方につけていると言える

多くの人が言うように豊川市出身の菅原は気の効いたプレーを続けたし
冨安も板倉の安定した守りを続けていた

この試合で印象的だったのは後半交代で入った久保のプレー
彼は相手のミスをついてボールをかっさらい
そのままボールを運んでキーパーと一対一になったシーン
ここで驚いたのは自分でシュートせずに左を走っていた浅野に
誰でもシュートが入るようなパスをしたことだった

普通、途中出場の選手は得点が欲しくて仕方ないが
彼はドリブルで持ち込んでいるときも首をよく振って
浅野が可能性のある場所に走っていることを確認していた

だからこその判断だが、それが平気でできているのは大したものだ
その数分後の正確なセンタリングで田中碧のヘッドをアシストしたが
これらはたまたまという偶然というより、
今後も何回となく見られるだろうと想像できた

それにしても、一体ドイツはどうしたのだろう
倍返しをするドイツ
90分戦って最後に勝つのがサッカーというゲーム
といった印象のあるチームが全くその姿は見えない

点が入る気がしない
ドイツは次にフランスと戦う予定になっているが
今の感じだと大差で負けても不思議じゃない

自分が好きだったドイツはゲルマン魂という言葉で代表される戦いぶりで、
何があっても焦らずにヒタヒタと今できることを坦々を続ける
その迫力が恐ろしい気がするチームだ

実は日本代表の選手は昨年ワールドカップで戦った相手の中では
ドイツが強かったとの感想を持っていたようだ
確かに結果は逆転勝ちして長友が興奮して「ブラボー」と声をあげたが
実質的なところでは圧倒されていたような気もする

でも、あの日からドイツは調子を落としている
人間のやることは難しい、運とか勝利を掴むのは
想像以上に難しい時がある
ドイツは今はドツボにハマっている感じ

ちょっとドイツのことが心配になってしまった
(ドイツ好きの自分としては)



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

地方議会の共産党員

2023年09月10日 09時29分57秒 | あれこれ考えること

秋の市議会がいたるところで始まっている
少しばかり品のない名古屋弁で、みっともない行動を起こし
我が市の首長でなくて良かったと思われる名古屋市長の河村さんだが
以前、彼の講演会ではなかなか参考になる話があった
(覚えているのは、そのことだけかもしれない)

それはアメリカの地方議会の議員は議決では
党の拘束を受けず、自らの判断を優先するようになっている
という話で、拘束を受けるのは国に関連することだけらしい

ところで日本では市議会で一般質問を傍聴したり
中継を見ている人はどのくらいいるのだろう
少なくとも我が市の議員さんに関しては、一般質問の質が高いのは共産党のAさんだ
丁寧な語り口で、よく調べ上げた資料を元に一般人がこうしてほしいとか
お金の使い道に関して問題提起を繰り返している
(確かに、こうしてほしい財源は果たしてどこにあるのか?の疑問はないではないが)

正直なところ、前回の選挙で有能な女性議員が誕生するまで
市議会の一般質問の質は彼が群を抜いていた
(経験豊富な2人の議員、財務に詳しい議員さんもなかなか興味深い時がある)

ところが、彼は「共産党だから」という点で問答無用で批判の対象になることがある
(数年前あった懲罰動議もその一つと思う)
流石に行政からはそういう否定的な言葉は出てこないが
もしかしたら批判されることが多いので面白く感じていない人はいるかも知れない

共産党嫌いは議員さんの中に多いようだ(自民党絡みの)
それは共産党のAが何を言おうが、共産党である限りは認めない
とした態度のようにさえ思える

以前、真面目でひたむきなAさんのことを心配して
「共産党を辞めてみては」とアドバイスした人がいた
そうすれば真面目な姿勢だけが評価されるだろう、と見込んだためだ
Aさんの選挙時の投票数はいつも上位1番か2番だ
それは共産党の組織票というよりは
一般の人が若い彼のひたむきさを評価してからと思われる

つまりは現場(市議会での行動)を見れば、
党とは関係なく彼を評価する人が多いということで
彼の議決判断もアメリカのように党の方針によるものでなくて
彼自身の判断に任せたら、もう少し融通が効くものになっているような気がする
(なんでも反対は少なくなる気がする)

日本の社会はいろんなところで属性で人格さえ評価される
共産党だから、先生だったから、会社の社長だから、お金持ちだから
つまりはその人の人格をなす部分ではなくて、それ以外のことで
その人をわかったような気になっていることが多い気がする

イデオロギーよりアイデンティティ!
以前ある本で知った言葉だが、日本の社会は相変わらすこの傾向が強い

地元の議会を見る限り、共産党だからの理由で
否定的な評価になることはないと思うが
それでも何が何でも嫌いという人は、どうしても存在する
人間社会は難しい、、、


 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

鬼まんじゅう、いがまんじゅう、おぼと

2023年09月09日 09時22分26秒 | 徒然なるままに

今は福岡にいる姪が豊橋に住む姉に「鬼まんじゅうが食べたい」と言った
このあたりでは当たり前の鬼まんじゅうだが
どうやら全国区の食べ物ではなく
愛知県地域のローカルフーズに過ぎず、福岡にはないらしい

鬼まんじゅうは小麦粉とさつまいもをまんじゅうの形にまとめたもので
さつまいもの角のゴツゴツしたところが鬼の角に見えるから
この名がついたらしい
(確かに時々食べたくなる)

そう言えば、粒あんもしくはこしあんを、米粉で包み
表面に着色したもち米をつけた菓子「いがまんじゅう」も
このあたりのローカルフーズとの噂も聞いたことがある
(どうやら京都・九州にもあるらしい)

この地区の言葉とか食文化は東北とか関西とか九州よりも
中央の文化に近いと、勝手に思っているが、少し前テレビで
この辺りでよく使われる「パーパーに開いている」の意味が
関東の人にはさっぱりわからないと笑い話になっていた

「パーパーに開いている」というのは、カーテンや窓が
すっかり開きっぱなしになっていることだ
でも最近の若い人は、もうこの言い方は知らないかもしれない

自分が子供の頃使った「おぼと」という言葉を知っていますか?
と月木の朝、小学校の校門前で会話する機会のある校長先生に聞いてみると
首を傾げるばかりだった

どうやらこの言葉は死語になっている感じ
「おぼと」とは冬に陽が当たって少し暖かいところ
縁側とか日向ぼっこができるような温かいところをいう

そう言えば、僕らも祖母の使う方言ぽい言葉はわからないことがあった
面白いから、もっと覚えておけばよかった、、
と今になって思うが、仕方ない

さてここまで読まれた方「こぞむ」の意味はどういう意味か
おわかりになるだろうか?
知ってても知らなくても大勢に影響ないが
知ってると面白いことはあるものだ



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

懐かしい言葉を聞いた「エロイム エッサイム」

2023年09月08日 09時00分57秒 | 徒然なるままに

懐かしい言葉を聞いた(見た)
朝のTV番組でタレントさんが出て映画のプロモーションを行っていたが
その予告編に出てきたのが「エロイム エッサイム」だった

直ぐに昔、漫画で見た言葉だと気がついた(なんで覚えているのだろう)
だが意味かはわからない
ただ漫画の「悪魔くん」よく出てきた呪文のようなものだと思っていた

そこで検索してみると「エロイム」は神 「エッサイム」は悪魔の意味で
この言葉自体は「神よ、悪魔よ、私の願いを叶えてください」の意味らしい
ことがわかった

そこで、なんだか同じように分からないが覚えている言葉を連想してみた
「エリ エリ レマ サバクタニ」
直ぐに浮かんだのはこの言葉でバッハの「マタイ受難曲」に出てきた言葉で
十字架上のイエスが叫んだ言葉、ドイツ語では
「mein Gott mein Gott warum hast du mich verlassen」となっている
日本語では「神よ、神よ、なぜ私をお見捨てになったのですか」

イエスは自らの運命を覚悟したはずなのに変な言葉だな!
ずっと、心に引っかかっていた
クリスチャンならこの一連の意味は理解できているかもしれないが
そうではない者としては、場違いな言葉に思えてしまう

三島由紀夫だったか芥川龍之介だったが忘れたが
この部分を取り上げて批判しているものがあったが
同じように感じる人がいると納得したものだった

実生活でも意味は分からないが繰り返している言葉が毎朝の般若心経
最近は意味などは分からなくても良いや!
とさえ思えて、意味を探ろうという気にもならない
キーポイントは「色即是空 空即是色」らしいが
いつか真面目に意味を考えるようになるかもしれない

ということで、「エロイム エッサイム」から色々連想した朝の時間

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新しく外国をルーツに持つ仲間が増えた

2023年09月07日 09時35分09秒 | 徒然なるままに

月曜日と木曜日の小学校校門までの付き添い(ウォーキング)
今日から子どもが一人増えた(正確には火曜日から)

すぐ近くのアパートにブラジルをルーツに持つ子が引っ越してきたからで
少し前からアパートからは子どもの遊ぶ声が聞こえていたし
庭の水やりをしていた時に、いかにも外国人風のお父さんが
2人の子どもを連れて歩いていた

「かわいいね、何歳?」と話しかけると、日本語は通じたようで
「5歳と2歳」とのこと
5歳は小学生ではないから、新しく通学団に入った子とは
違う家族かもしれない

日本経済はあまり芳しくなく時給も低く
かつてのように外国から出稼ぎに来る人は少ない、、
と勝手に思っていたが、どういうわけか近所には外国出身者が多くなってきた

すぐ近くのアパートには1階にブラジル人らしき人たちが数人
その上の2階には中国人と思われる人たち
1階の別の部屋にはブラジルの子供連れの家族
アパート以外にも、一昨年にはすぐ近くの5件の建売住宅の一つに
外国風の名前が表札に刻まれる人が地域の住人となった

先日、校長先生と会話を交わした時に、児童が1人増えたと言っていたし
今年度は中学生が去年より1人増えたと、中学生の親の1人が話していた

確かにそれはありうるかも、、と思うのは、自分が住むこの地区は最近
建売のものや注文住宅などが、やたらと多く建てられているからで
自宅の目の前には建築中の注文住宅がある

自分の住む地区は、市の中心部とまでは言わないがとても便利なところで
近くに地元スーパーとAコープ、ドラッグストアがあり、小学校も歩いて数分のところにある
飯田線の駅も近くにあるし、何よりもお医者さんが近くに何軒もある

人口減は市としても切実な問題だが、家の周りではこのように人口減の実感はあまりない
むしろ、このあたりはもう少し増えるのではないのか!とさえ思う
近くの5区画ある住宅公社の分譲地は、すでに4区画売約済みで2区画は建築も始まっている

人口は無理なく増えるところは増える
というのが実感で、こうした暮らしに都合の良い場所は
頭を捻って考えた人口増の政策よりも大きな影響力をもつ

住環境的にはこのあたりは便利でいいから、
あとは仕事(就業)の確保ができれば良いかもしれない
ここからだと豊橋・豊川は完全に通勤圏内
岡崎へも、頑張れば名古屋までも通えるかもしれない

さて新しく通学団に加わった2年生の男の子は、まだ日本語が通じない
そこで今までの子どもに「仲良くしてあげてね!」と伝えているが
教頭先生の話によれは、学校では子どもたちは珍しい外国人に対して
無邪気にちょっかいをかけているらしい

習うより慣れろ、、
彼が学校生活が楽しめるようになれると良いと思う



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

有名でないけど心落ち着く音楽

2023年09月06日 08時56分50秒 | 音楽

朝晩は少しは過ごしやすくなっている
なかなか聴く気になれずにいた音楽も、昨日の夕方になって
やっと聴いてみようという気になった

直ぐに頭に浮かんだのはベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の第2楽章
瞑想的で考える音楽の一つで、管楽器との対話がとても気持ちいい
これが今の気分に一番合う、、と思えたのだった

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲ニ長調 op.61-第2楽章


モーツァルトの楽しいとか美しいとしか形容しようのない音楽も良いが
ベートーヴェンの緩徐楽章の思索的な音楽もいい

音楽は言葉のように具体的に何かを語ることはできないが
それでも確かに何かを語っているという感覚は持つことができる

こうした音楽を聴くと心が落ち着く
そして、ベートーヴェンは大した音楽家だと再確認する

不意にジョン・レノンはベートーヴェンのような音楽家で
ポール・マッカートニーはモーツァルトのような音楽家だと思った

ようやく音楽の秋になりつつある


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

(森有正の著作の中から)書き留めておいた文章

2023年09月05日 09時32分28秒 | あれこれ考えること

人は何かを考える前に何かを感じる
その感じる何かとか方向性が、その人の生きてきた反映で
個性と言われるようなものでは収まらないもっと全体的なものだ

図書館から借りてきた森有正の本を読んでいると
「経験」という言葉が何度でも出てくる
この経験はよく似た体験とは若干違うニュアンスの使い方をしていて
もっと大きな意味を持っているようだ

急に何かを思いつくというのは、おそらく誰にもあることだと思われるが
森有正の本を読んでいるせいではないが、昔、きっとそうに違いないと
頭に浮かんだことを思い出した

それは「孤独」についてのことで
昔、パリの屋根裏部屋に泊まって数日間過ごした時
不意にこの地域の人の孤独は、日本人の感じる孤独とは違う
と頭に浮かんだ

日本の孤独は秋の夕暮れでイメージされるどこかゆるい孤独感
(自然に包まれている感覚?)
だが建物が石でかっちりと建てられ、部屋自体も厳しく区切られた空間に住む人は
人との交流もどこか緊張感を持ったものとして想像される
そして個人の思考は自分自身に沈潜していく、、そんなことを思ったのだった
(「嘔吐」のロカンタンの孤独を想像してしまった)

住んでいる環境によって感じ方、考え方が違うのは当たり前で
また世代が違えばやはり同じような考えには行き着かないかもしれない
だが、不意に自分の考えてきたのと同じだ、、との場面に出くわすこともある

その一つが、森有正の「遥かなノートルダム」の中の「滞日雑感」にあった以下の文章

森有正  遥かなノートルダム  滞在雑感から 221ページ
 
私のいうのは、平和主義とか民主主義とか言うことを1つのイデオロギーとして立てて、これを人々の頭に叩き込むと言う野蛮なことではない。 自分の日々の勤労に営々として従事し、その仕事に喜びと誇りと感ずると言うこと自体が平和と民主主義との実態であり、それを脅かす恐れのある一切のことに対して抵抗する心構えが平和を守るということであって、それが政治の上に反映されたものが、民主的な政治である。 こういう至極当たり前のことが閑却され、平和主義とか民主主義とか言うものが、一部の専門家の仕事のようになっているように見えるのは誠に残念である。現実が複雑きわまりないものであり、ものにはさまざまのいわくがあり、そういう当たり前のことがすぐに実現されるものでないくらいのことは、私もよく心得ているつもりである。
私の言いたいのは、平和や民主主義ががスローガンではなく、また日常生活からは手の届かないところで、誰かがいじくっている装置のようなものではなく、我々の日ごとの十分に組織された生活の感情、それ自体だ、と言うことの自覚である。

自分の考えてきたことと同じだ、、というのは言い過ぎかもしれないが
とにかく漠然と感じてきたのはこうしたことだった
生活するということ、その中で少しづつ工夫して昨日より過ごしやすい日を作り上げること
誰かとの関係性の中で、様々な感情を味わい、その中で妥協点を見つけていく
人間の脳が大きくなったのは、他人とのコミュニケーションを図る能力を必要としたからだそうだ
その脳をうまく生かした生き方
誰かに指示されるのではなく、自発的に生活の中で何かを感じて行う
それらが、地についた形で実現されると良いな、、

学者でも政治家でもない、単なる田舎のおっさんでも
こんなことは思いついたり感じたりする

でも、それはもしかしたら厳しい孤独への道に通じているのかもしれない
と思ったりもする
いつものようにまとまらない話!

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

うまい水

2023年09月04日 17時10分20秒 | 徒然なるままに

「水がうまい」と実感したのは常念岳から下山途中の水飲み場で
喉の乾きを潤したときだった
水が砂に吸い込まれるように、喉を通して体に染み込んでいく
そんな感じだった
その時、「うまい」と記憶に刻まれた

水を飲む時、この水の記憶がベースになる
現在この水の記憶に一番近いのが栗田工業の「うまい水」だ
わざわざ「うまい水」と名付けているだけあって
その名に恥じない品質で定期的に購入している

先日サントリーの2リットルの水を購入したが
あの体に染み込んでいく感じはしなかった

水もお茶もお金を出して求める様になってから久しい
我が家には井戸があるが、今は井戸は庭の水やりなどにしか使っていない
昔は名古屋の親戚が来ると井戸水を飲んでは
冷たくてうまい!と言っていたものだった

味が無いような水だが、確かに違いは存在すると思う
今回の投稿は栗田工業のプロモートションみたいだが
この水は試してみる価値はあると思う

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アスリートと監督との相性

2023年09月04日 09時52分56秒 | あれこれ考えること

今日は朝から蒸し暑い
9月の空は高くなって、日が暮れるのも早くなっているが
相変わらず沸騰した地球は静まる気配がない

ところでバスケットボールはパリ五輪に出場が可能になった
自力で権利を手にしたのは48年ぶりだそうだ

バスケットはフィジカルの違いが大きく左右しそうで
どんなに工夫しても限界がありそう、、と素人は考えてしまうが
どうやらそればかりではなさそうだ

今回の日本代表のHCトム・ホーバスは東京オリンピックの
女子バスケットチームを指導して銀メダルを手にした人のようだ
HCはヘッドコーチの略で、日本人の好きな(?)監督という言葉ではない

サッカーでもイングランドは多分監督はコーチという表現だし
イタリア語でも訓練する人とかコーチの意味合いの強い言葉が使われている

野球はバッティングコーチとかピッチングコーチが別にあって
それらを統合して監督という役割があるようだ

HCが変わるだけでそんなにか変わるものか?
と思ったりするが、訓練する人が変われば変わる例は幾つもある

今はスペインリーグのレアル・ソシエダで活躍を続ける久保は
一昨年前まではここまで活躍はできていなかった
それが現監督(イマノル・アルグアシル)になって
期待され信頼され指導を受けてからは
まるで本来の力の覚醒と言えるほどのパフォーマンスを発揮している

ワールドカップ前後は不調に陥った南野は
リバプールからモナコに移籍してもプレー自体は褒められたものではなかった
しかし、今年から監督が南野が活躍したザルツブルク時代の監督(ヒュッター)
に交代した途端、開幕から南野復活といえる活躍を続けている

この二人は監督(HC)が変わっただけで大きく変化した例だ
セルティックの古橋も昨年までの監督(ポステコグルー)と相性が良くて
信頼されて期待に応えていた

信用され期待され、しか適切なポジションを与えられると
人は気持ちよくプレイできるだけでなくモチベーションが上がり
本来の力を発揮できるようになる

厳しい練習を課すコーチであっても、そこに選手にたいする信頼と期待
が感じられるものであれば、選手は勝手に努力するようだ

人がチームを選ぶ時、待遇面だけでなく監督、コーチが自分と相性が良いか
悪いかを考えることは大事なことかもしれないと思う
(ただし監督は成績次第で変わってしまうので、結局は運次第かもしれない)

有名なチームに所属して成功した気分になるよりは、
プロの選手には自分にあったチームを選ぶ意志とか運が必要だとつくづく思う

ただし、日本代表監督は選手の方から選ぶことができない
人にはめぐり合わせの運というものは確かにある、、
何故かそう思うこの頃

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

馬防柵付近にソーラー発電騒動

2023年09月02日 08時57分28秒 | 新城・地元に関すること

今日は良く眠れたお陰で体調不良はなんとか持ち越さず
ホッとしたところだ

ところで一月ばかり話題になった新城の出来事を

流石に今は出てこないが、30年ほど前は田んぼを掘ると
火縄銃の鉄砲玉が出てきた長篠の戦いで有名な決戦場の設楽原
(映画影武者の最後のシーンもここだ)
地元の有志による「設楽原を守る会」は戦い当時を想像させる
馬防柵を組んで、毎年メンテナンスを行い
また「決戦場祭り」と題して戦場でなくなった人々の慰霊祭を行っている

近くを通る新東名高速道路は、一部防音壁を透明なものにして
馬防柵が見えるようになっている
「どうする家康」で長篠の戦い・設楽原の戦いが放映された直後は
この馬防柵を見るために、遠くは関東のナンバーの車が何台か確認できた
つまりは、馬防柵は新城市の観光の目玉でもある

この馬防柵のある設楽原古戦場の辺りにソーラー発電の計画がある
と新聞に報じられたものだから地元はちょいと騒動になった
というより慌てた、、といったほうが正確かもしれない
新聞では事業者がソーラー発電の申請をすれば市には法的に
ストップさせる権限はないらしいと報じていた
また事業者は「相談に応じる」ニュアンスのコメントが載っていた

慌てたのは「設楽原を守る会」の人たち(数人は知っている人たちだ)
行動は素早く、計画の中止を願う嘆願書を市長に届けた
彼らにすればいきなりの不意打ちで、なんとか阻止したい気持ちは理解できる

ところが新城市は例に漏れず老齢化が進み、農業する人も体力的にしんどくなっている
設楽原で農業をしている人も、自分の代で農業はお終いにしよう
と考える人が出てくるのは想像できる
農業はできないのでその代わりの金銭を得る方法として、土地を貸す
あるいは売るといった方法を思いつくのはごく自然な成り行きだ
だがその場所がちょっと問題だった

ここからの市の進め方は、慌てぶりが表に出てしまった
土地地権者の気持ちを慮ることなく
馬防柵付近の景観を守るためだけの思考に進んでしまった
それは「守る会」の人々の意向でもあったが

慌てた行政は地権者には市が土地を買い取ったり借地料を払うといった
代案を考える前に、事業者に計画中止のお願いに出かけようとした
すると腹を立てたのは地権者の方々
こうなると何が最善か?ではなく、感情の行き違いになってしまう

その後どうなったのかはどうなったのかは分からないが
(今までの経緯も想像の範囲なので間違っているかもしれない)
とにかく事は一方向からの見方だけで進めると良くないことの典型だ

この事業者は京都に本社をおく企業らしい
この歴史上有名な場所に、法的に問題ないと言って計画を進めることは
この企業にとって社会的なメリットはないと思われる
「強引に計画を進める歴史の財産に無神経な企業」
そんなものが定着するのは、企業価値を下げるものになる
と思ったりするが、どうなんだろう

それにしても、たったこれだけの計画に新城の今の問題
(高齢化、農業従事者の減少)が見えてしまうのは、残念だ

この話はどう決着するのだろう
ある人は「いろんな意味の熱量が左右する」と言っていたが、、、

馬防柵の写真(決戦場祭りから)


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする