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縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

≪サクラン感≫から素晴らしい世界へ!(感情の世界⑨)

2010-05-28 | 第八章「魂と聖霊」
 暗い感情は、不安、怒り、身体症状、ウツ、錯乱と問題を放置すると、どんどんアップグレードしていく。その最終が錯乱感である。触れる世界がバラバラの錯乱である。

 ただ、暗い他の感情と同じように、意識、無意識の中での理想と現実のギャップから生じるのは同じである。自分にとって、印象に残る錯乱感はどうだったかと問われるといくつか思い出すが、ワースト3は次の3つだ。

1.17歳の時に、今までカトリックの信仰をもっていたが、ニーチェのツラツーストラは各語り  きを読み、神は死んだと思った。何でこんな世界に生きているのかと錯乱。信じるものが消え  た時だった。
2.28年務めた会社を辞める時。約1年辞める準備をして、こころの準備が出来ていたと思って  いたが、いざ辞める時に錯乱。
3.10年くらい前に健康診断で心配したとき。

 これらは、実際に取り乱すというより、自分の中に生じた錯乱感の強烈な思い出である。

 共通なのは、意識的、無意識的に今まで信じていたものが無くなったり、不確かになる。例えば信仰とか会社とか健康とかである。自分の今まで意識・無意識的に信じていた土台が消えてしまうときは、錯乱しやすいのだろう。

 ただ、錯乱感をふり返ってみると、自分の強烈な錯乱感ほど、自分は何の為に生きているのかと、自分のアイデンティティを考えるきっかけとなり、長い目でみれば、より深く人生の意味を考えるチャンスであった。そして、次にめぐり合う掛け替えのない統御感への道である。

 感情の世界⑨(見えないものを観る、聞こえないものを聴く) 10/60)

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