イキイキと生きる!

縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

陽寳劔、陰寳劔を埋めたのは?本人だけが真の回答をもっている!(愛の傾聴 1/10)

2010-10-26 | 第三章「無意識の世界」
陽寳劔、陰寳劔の話でワクワクしている。光明皇后が聖武天皇の陰陽の太刀を埋めたとの報道もある。謀略や感染症が猛威をふるい、怨霊におののく時代だ。大仏も凄い財をかけたものだが、宝剣ですら不安解消のために埋めてしまったのかもしれない。誰が何で埋めたのか?きっと、その謎を解明しようと、これからも研究が重ねられるだろう。歴史の真実に迫る。それは、大切なことだと思う。

 ただ、生身の人間が、このように(光明皇后みたいに)疑問を投げかけられ、勝手に解釈され断定されるのは辛い。特に間違った解釈であれば悲惨ですらある。誰でも経験するかもしれないが、濡れ衣を着せられることは辛い。犯人に仕立てられ、こちらの弁明も聞き入れてもらえないことは実に辛い(最近、こういうムードが強い世の中になってきているので心配)。

 自分だけの成育史、性格、感情、思考、行動・・・そんな基本的なことを、何も知らない貴方に、ああだこうだと言われたくない!そう叫びたくなる。

 濡れ衣は、極端な例かもしれないが、私の場合、微妙な自己事例も知っている。小学校1年の時、幼馴染が登校中に目の前で交通事故にあい、しばらくして亡くなる悲しい出来事があった。当時は、スクールカウンセラーもなく、こころのケアに関しても一般に関心は低かった(交通事故が交通戦争といわれるほど多発した乱暴な時代であった)。そして、まわりの人達は充分優しかったが(濡れ衣などを着せない)、当時の私の悲しい感情を、残念ながらきちっと傾聴してもらえなかった。そして、その悪い影響(車が嫌いになるなど)は、40-50年も続いたのだ。

 真の回答は本人だけがもっている(無意識の世界に隠れている)。そして、まわりは支援者に成りえても、真の回答者にはなれない。

 さて支援者?これがとても大きい存在なのだ。愛の傾聴をすることで、本人がなかなか意識化できないことが、ひょっこり現れ、自力で問題解決を可能とする。子供でも大人でも、この基本スタイルは同じだ。良き愛の傾聴者になること。これから少し勉強しませんか?

愛の傾聴者 1/10

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純粋な贈り物・・・Give and Give!(傾向と渇望 10/10)

2010-10-25 | 第三章「無意識の世界」
 最近、U先生から天国は死んでから行く所と考えるのではなく、この状態が天国なのかなと心にとめてみることを教えてもらった。

 親しい人との語らいの中で、あるいは静かに神に祈っている中で、天国を感じてみる。こういうことは、サラリーマン時代は考えたこともなかったが、今はとても判る。天国を健康的に垣間見ることは、どうも出来るように思う。
 
 お金や権力、名声などを追っても、天国を垣間見ることは、恐らくできないだろう。

 私は哲学者や宗教学者ではないが、この天国は、純粋な贈り物の交換といったものではないかなと思う。単なるGive and Takeではなく、Give and Giveの無償性の放射といったらよいのだろうか。

7年前にサラリーマンを辞めて今に至るが、基本的な生計をなす収入があれば(実は大変です)、Give and Giveで、世の為人の為の活動をしたい。

傾向と渇望 10/10

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自分のなかの古風な日本!(傾向と渇望 9/10)

2010-10-24 | 第三章「無意識の世界」
 遷都1300年もあり、いろいろ古代の日本の勉強をしているが、生き甲斐の心理学を学ぶ学徒の私にとっては、単に日本の古代の歴史や文化に親しんだり楽しんだりするのではなく、ちょっと変わった目的もある。

 自分自身の中にある、日本人のくうき。いつの間にか親から祖父母から、そして親戚縁者や学校、社会から刷り込まれてきた日本人の空気である。それは、アラスカでもアフリカでも、西欧文化でもない。いつもは気がつかないが、異文化に触れたりするとき、自分の人生の様々な困難にぶつかったするときに、何となく気がつくもの。そして、それは結構深く自分の中に根を下ろしている。

 この夏以降、そんな日本人のくうきが自分をどう支配してきたか、あるいは厳しい人生でその空気がどのように導いてきたかを考えてきた。心理学の勉強は、表面的な知識の収集ではなく、自分にとって、何だったかという視点がとても大切で、それ故に役に立つものになるのだと思う。

 空気といっても、抽象的で何だかわからないので、私にとっての御先祖様を2世代前の祖父母たちに見立てて、祖父母たちとの関わりを研究してみたのだ。祖父母たちは明治の人である。そして、祖父母たちは江戸時代の雰囲気も知っている。しかし、江戸の文化は日本の古代からの歴史の延長なのである。

 その研究で、幾つか気がついたことがあったが、その中の一つを簡単に御紹介しよう。

 1000年前の源氏物語。浮舟が好きなのだが、浮舟は悩み、宇治川に身を投げる。最終的には横川の僧に助けられて、生き抜くのだが、自殺を決意するときの心境は、私の困難に遭遇したときの心境に似ているのだ。日本書記には、汚れと禊ぎのイザナキの話が載っているが、その神話ともどこか通じているように思えてならない。イザナギは黄泉の国で妻を失った後で禊ぎをする。浮舟は宇治川に身を投げて横川の僧に出会う。・・・

 今さらながら、今私があるのは、古代からの日本の文化のお陰かなと思う。

傾向と渇望 9/10

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人生で大事なものは?・・・やはり愛でしょう!(傾向と渇望 8/10)

2010-10-23 | 第三章「無意識の世界」
 幼いころから、親しい人から、いろいろと人生についてアドバイスや忠告をもらったようだ。まあ、人生で大事なものという価値観なのだろう。立身出世的な価値観。優秀な人の集まる学校に入り、末は博士か大臣かもあった。勿論、倫理的道徳的にも優秀であるといったエリート志向も。その外、カトリックや仏教の価値観もあったかもしれない。左翼思想もあったかもしれない。

 ふと現在を振り返ると、もう還暦。常識的に考えれば確実に人生の後半戦である。かつて教えられた、さまざまな価値観も、何となく自分なりに昇華し判ってくる年だと思う。

 さて、たまたま昨日は石塚幸雄著≪自己実現の方法≫(講談社現代新書)を再読していた。その中に今では有名な社会的再適応のスケール(T.H.ホームズ&R.H.ラエ)が載っていた。1960年代の研究で、配偶者の離婚が最大のストレス100、以下離婚が73といったストレス・スケールである。石塚氏はこのスケールを元に、グルーピングを試み、人生で大切な要素として、①親近関係50% ②達成40% ③自己10%とした。ちょっと表現が難しいが愛に関係するところが親近関係。仕事に関係することが達成といってもよいようだ。

 統計的な話は、ともかく自分の場合はどうか。還暦近くなると、退職したり、近親者がなくなったりすることも多い。勿論、新しい仕事を始めたり、新しい勉強を始めたりすることもある。価値観の再構築といった思考の変化で行動や感情もかわる。それでも、愛・親近関係(神仏との関係も含む)が一番かなと思う。仕事・達成も勿論あるが、これも愛・親近関係の一つの変形といった感じである。石塚氏のグルーピングに近い。尚、石塚氏も指摘しているが、信仰も神仏との親近関係と捉えることは理にかなっている。

 これからの、自分の最大のライフ・イベントは自分の死だと思うが(若者であっても死は最大のテーマだとも思うが)、死を見つめたり、過去のいろいろな衝撃的な出来事を見つめたりする時、何が本当に大切な思想かが見えてくる。私は伝統宗教のカトリック信徒であるが、2000年の歴史の中に多くの先人達の足跡に触れて、意外と身近に感じることも多い。秋は思索にもってこいだ。先人たちとの対話も大切な親近関係だろう。

傾向と渇望 8/10

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身体が衰えても人は成長できる?・・・成長できる!(傾向と渇望 7/10)

2010-10-22 | 第三章「無意識の世界」
 最近、還暦が近くなってきたこともあり、身体の変化も昔よりは気になる。40歳台のころ、ライフデザインの勉強会に参加したことがあるが、その時の講師の先生は既に退職された方であったが、60歳を過ぎると仕事は午前中はできても、午後はもうだめだ、そういう変化を見越さなければいけないと言われていた。

 最近は、介護の勉強などで高齢者体験とか認知症体験などもあるが、身体の変化は確かに大きい。40歳台から老眼の影響はでてくる。記憶力も低下するようだ。筋力なども落ちる・・・それを意識化しないで無理をすると、≪年よりの冷水≫ということになるのだろう。因みに、この冷水は冷たい水をかぶるのではなく、隅田川の綺麗そうに見える水を買って、若者と同じようにお年寄りが飲んで身体をこわすという話だそうだ。

 高齢化することで、人は成長がとまり逆に退歩する。身体だけをみていると、そんな気もする。本当だろうか?

 私は、7年前に外資系企業を辞めて、それから福祉関係の勉強をしたり、仕事もした。その時、医療の知識なども勉強したが、高齢化に伴い知性はどうなるのかという勉強もした。

 知能に関して、いろいろな説があるが、ある部分は現状維持とか増大するといった説がある。記憶力や処理速度といったところは落ちるが、良く言われるのは結晶性知能といった智恵といったら良いのだろうか、そういう働きは落ちないで、逆に上がるそうだ。

 高齢者だけでなく、障がい者の芸術に触れることもあるが、以前≪ねむの木学園≫の展示会では、その素晴らしさに感動した。

 人は、確かに成育史からなる心と、老化したり病気になったりする身体からなるが、きっと魂もあるのだ。そして、人それぞれの傾向と渇望のもとに、成長することが可能なのだろう。因みに、カール・ロジャースの命題4は、そういうことも言っているようだ。

傾向と渇望 7/10

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