田舎暮らし山裾の日々

信州に移り住み16年 山裾になじむ今日この頃 ECOな生活“循環型社会”を志し 昔と今の田舎の生き方を愉しむ

価値観の違い 何を大切にするかが課題だろう

2011年12月13日 | 日記

12月13日(火)  晴れ   曇が多く温かい  午後には風が冷たくなる

何時ものように午前中は頼まれ仕事をしながらあっという間に昼になった。午後は髪を切り、社協へ寄り、広報誌の話やら来年度の予算のことを話題にした。野暮用を済ませながら帰りには我が家を通り越して、山裾の散歩道を久しぶりに訪ねてみた。

久しぶりというのは11月の末から町の事業で始められた鹿の食害から畑を守る防除ネットを張ることが始まっている。これは町の西武地区で小県郡との境に金属製のネットを張る事業だ。本来は境界線に沿って張ることになっていたが、実際には個人の土地を使うことになるため公共用地に杭を立てネットを張ってある。作業は集落から人足としてでるやり方だが日程が急に決まったので俺は参加していなかった。其れよりもこんなことを云うと怒られるかも知れないが、散歩道として貴重な山野草が咲く道に金属製のネットは似合わない。

ネットを横切る道にはドアを付けると云うことになっているが、いつ頃になるかは定かでないと云う。また、昨夜も鹿の鳴き声が直ぐ近くで聞こえたし、向かいの畑の婆様は大きな声で「ほうれん草が鹿に食われている」と云うのを今朝聞いた。俺の散歩道として健康管理にカメラを持って歩くのが楽しみだったが、これでは場所を変えるしかなさそうだ。

このネットが何時までも管理をされて鹿が来ない里になり、荒れた畑に作物が並ぶようになれば万々歳だろう。集落の変化は時代と共に何気なく変わって来ている。テレビが普及し始めた昭和40年代、ここの集落では共同アンテナを建てなければテレビを見ることができなかったそうだ。その後、25年ほど前にはケーブルテレビに変わった。そして、地デジになった今、ケーブルテレビの回線を使わなくてもテレビを見ることができると云い、加入を辞めると云う人もいる。時代とともに変化する集落の住まい方だがこの先はどうなるのだろうか?

 

東の窓から見る一千万ドルの静かな夜景

これだけは何時までも変わらないで欲しい

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする