昨日の徳島科学史研究会年総会である講演者に「先生、講義で面白ってことはどういうことですか」という質問があった。講演者の答えははっきりとは覚えていないのだが、「面白いというのは面が白いと書きますから、思考がまったくできなくなるというか頭真っ白になるという感じですかね」いうような答えだったと思う。
その後の懇親会で私にとって面白いとは「驚き」を意味するといったら、それではそのときだけびっくりするだけで頭には残らないだろうといわれた。そうかもしれないが、びっくりするということの内容をそのときは話さなかったので、少し補足的に述べてみたい。
原子核の中には電子は定常的に存在するわけではないが、それにもかかわらず原子核から電子が飛び出してくるという現象がある。ベータ崩壊である。
そのことについて授業で問題提起してしばらく考えてもらう。電子が原子核から放出されるからには、そこに定常的に電子が存在するに違いないと誰でも素人的には考える。だけどそうではないといわれるとどんな可能性があるのか。論理的に困ってしまうのではないか。
少なくともそんなことが起こるのはどうしてかと疑問が生じて欲しい。そういった概念上の驚きを経験して欲しいというのが私の「講義ではびっくりして欲しい」という意味である。
すでに現代物理学を学んでいる人にはその答えは難しくはないが、やはり一時でも人類の出くわした難問について考えて欲しいのだ。
答えを現代物理学に詳しくない人のために記しておくと、それはベータ崩壊で電子はつくられて原子核の中から放出されるのである。もっと正確にいうと原子核の中では中性子という粒子として定常的に存在しているのだが、その中性子が陽子と電子とニュートリノに変換されて電子とニュートリノは原子核から放出されるのである。
答えを聞けば、「なあんだ」ということであるが、一瞬でもいいから疑問に思うという、そういう思考経験をして欲しいというのが、私の長年の授業をする者としての願いであった。
蛇足だが、朝永さんの物理の本、「量子力学 I, II」(みすず書房)とか「物理とはなんだろうか」(岩波新書)を読むとそういう問いがところどころにあって、それに対する答えはどうなるのだろうかとひきずられて読むという趣がある。朝永の書が名著といわれる所以はこのミステリーを読むような感じがするところにあるのではないかと思っている。