小口鈴実さんの標記書を斜め読みした。この本は「遠山啓の教育思想と実践」という副題がついており、こちらの方が本の内容を表しているだろう。よく書けているというべきだろう。
丹念に銀林さんや松井さん等の数学教育協議会のメンバーにインタビューしているので、多分いろいろな事実にはあまり誤りはないのであろう。だから、ちょうちん持ちをすべきなのだが、どうも私自身には不満が多い。しかし、この書の主題は遠山啓の教育思想であるので、仕方がないのかもしれない。
まず、「量の体系」が小学校では問題がないが、中学校、高校と進むつれて問題が生じることをどう考えるか、先行研究を紹介するだけで、自分のお考えを述べてはいない。
つぎに内包量も加法ができる場合があるが、それを本来、実体の合併で内包量の加法ができないこととは、別にどう理解するかを論じていない。これはないものねだりかもしれないが、こういうところこそ論じてほしいことである。
それから、水道方式は小学校の数の計算の体系から、文字式の計算の体系へと拡張されたのだが、それがどうも現在一般にはうまく機能していない。これをどう考えるのか。こういうことはもともと論じてほしいと願望する方が間違っているのかもしれないが、折角遠山の教育思想を論じるのならば、論じてほしいことである。
教具とシェーマのところでも、小口さんが日常の算数や数学の教授の現場で使っていると思われる、シェーマとしてのテープ図(加法)、面積図(乗法)、水槽、ブラックボックス(関数)等があるが、これらの位置づけをしてほしかった。これはタイルだけがシェーマではないし、学年が上がってくるにつれて、シェーマとしての面積図が重要となってくるからである。
これらのことを他人に解明してほしいなどと望むことがそもそも間違いなのかもしれないが、少なくともそういう点を率直に問題意識として提起してほしかった。
遠山啓がすぐれた数学者および数学教育者であったことは間違いがないだろうが、問題がもう残っていないわけではないのだから。