昨夜、11時からのNHKのソウル白熱講義を見ていたら、うとうと眠ってしまった。
ふと気がつくとまだ放送は終わっていなかった。それで見ていたら、ソウル大学のKim教授が「親が子どもにできる一番いいことは早く死んでやることである」というサルトルの言を紹介していた。
これは説明を要するが、サルトルの父親は軍人であったが、あるとき若い女性と出会って結婚して、子どもができたが、父親は若くして亡くなってしまった。
サルトルは父親が生きていたら、自分の生き方にいろいろと注文をつけて、なかなか自分の思うようには生きられなかったろうという、感慨を込めて言ったという。
また、彼の叔父は蔵書の多い人で、サルトルは小さいころから本でいっぱいの叔父の書斎で遊び、また本に親しんで自由に育ったという。
今朝、このことを妻に話してブログに書くタネができたと言ったら、なにか一言がなくてはすまない妻は、長く生きていたから三浦雄一郎さんのエベレスト80歳登頂成功があったとか、サルトルは子どもを産まなかったとかと言った。
妻のいうことは正しいだろう。
しかし、サルトルは父親が早く亡くなったことで、自分が小さい時に寂しい思いをしたことだろうし、母親とか親戚が彼を育てるのに苦労もしたであろう。そのことを彼は反語的に上のように表現したのであろう。
日本だけでなく、西欧においても言葉には言外の意味をやはりもっているのだと思う。