『科学の哲学』(岩波新書、1984)を読んだ。
数学・物理通信3巻5号を発行して、放心状態で先週末に数日何もする気が起きなかった。もう何年も前に亡くなった長兄の蔵書の一部を先日数箱もらってきた。その中にこの『科学の哲学』があった。
これは上智大学の学長もされた柳瀬睦男さんの書である。はじめて読んだのだが、柳瀬さんは健全な考えの持ち主であることがわかった。
あまり本を読んでも頭に残らないのだが、立場として素朴実在論の立場に普通の多くの科学者は立っているというのは説得力があった。
柳瀬さんは神学者でもあるが、彼はやはり物理学者である。量子力学の解釈問題の専門家と思っていたが、いまでは科学基礎論をやられているらしい。
科学の基礎についてのいろいろな論をご存じのようではあるが、それでも極端には走られていないという印象をもった。
具体的にどこか興味深いかはなかなか言えないが、それでもやはり柳瀬さんが数学と物理の具体的なことについて言及しているところがおもしろい。
複素解析と物理との関係に触れたところとか、単振子の振動の振幅が大きくなるともう単振動とはいえなくなり、その運動方程式の解として楕円関数で表さなくてはならなくなったりするが、力学的エネルギーはそのときでも保存しているとか。
ちらっと柳瀬さんの学問的知識の切れはしが垣間見えていい。1974年のJ/プサイ粒子の発見されたころには柳瀬さんはパリの研究所に滞在されていたが、当時フランスでは郵便のストで郵便はもちろん新聞とか雑誌も手に入らなかったという。
それでアメリカから、ベトナム出身の学者が帰って来て報告をしてJ/プサイ粒子の発見の様子がわかったのだという話などはもう今では古い話であるが、どきどきさせられる。
クォークもまだ4つが定説の頃だったらしいが、5つか6つもあるらしいともその後のどこかで書かれている。
この書で十分に科学の不思議さが伝えられているかどうかはわかならないが、やはり健全な常識をもつ科学者の述べることのよさを感じた。
ちなみに私などはあまり「科学の哲学」などというものに関心をもたないほうである。やはり科学それ自身がおもしろいと感じる。しかし、そのことを科学の哲学というテーマからでも垣間見るのもいいことだと思う。特に科学には関係のない文系の人にとっては。