物理と数学:老人のつぶやき

物理とか数学とかに関した、気ままな話題とか日常の生活で思ったことや感じたこと、自分がおもしろく思ったことを綴る。

認知症

2015-11-17 12:19:04 | 日記
認知症の予防とか治療とかが大いに進歩しているという。

それだけではなく、認知症にかかると記憶がなくなって、人間としてゼロになったのかとも思われていたが、そういうことはなくやはり感情とかも生き生きとして残っているのだということも確かめられたらしい。

認知症、恐れるに足らずとまではまだ言えないにしても、その対処法は大分進んできた。また初期の段階のMCIと言われる段階で気がつけば、回復可能な方法がある。

そのうちに薬である程度認知症が回復するという時代にまでなるかもしれない。もっともなんでも長生きするのがいいのかはそういうこととは別に考えなくてはならないことである。

パリでのテロ

2015-11-17 11:18:42 | 日記
テロは人間の顔をしていない。

本当はテロをする人も一人の人間のはずだから、人間の顔が見えてもいいはずだが、なかなかそうはいかない。

ISがどういう理由でシリアやイラクで起こってきたのか知らない。だが、そこに至るいきさつはあるはずだが、なかなかそれをルポすることのできる人はいない。

人々は単にテロの結果とかを知るだけである。そうするとテロは人間の顔をしていない。そこには深い虚無感が漂っているとしてもそれを知ることも一般の人にはできない。

また、テロの被害にあう人にはもっとたまらない。どういう人がどういう理由でそのようなテロに走ったかなどというような事情を知る機会もなく、ただ単に人生の幕を引くことになるのだ。

だから、テロが人々から非難されるのは当然であろう。ひょっとしたら、テロに走った人のその生涯のいきさつを知ってテロを防ぐことや社会をよくすることに協力できかもしれない人も犠牲者の中にはいたかもしれない。だが、たとえそういう人の人生もまったく突然に強制的にテロの犠牲として幕を下ろさされるのだから。

自爆テロをした人のことを聞くたびに、太平洋戦争末期に神風特攻隊に志願をさせられた若い日本人のことを思い出す。彼らもそうであったかもしれないが、自分の死をかけてテロに走るとき、自分の人生が有意義であったとテロリストは感じることができたであろうか。

そして、そのことを自爆テロを強制したと思われる権力者のことを思わずにはいられない。