ベクトルを知らない理系の人はいないと思われるが、ベクトル空間を知っている人はどれくらい、いるのだろうか。
もちろんこれは数学者とかの数学関係者は除いての話である。かく申す私もあまりベクトル空間などには関心のなかった者である。
こんなことを書くと「お前、ベクトル空間も知らないのか」と軽蔑されるのがおちだが、実はあまりよくは知らない。
『四元数の発見』(海鳴社)を書いたときに、四元数をベクトル空間の元としてとりあつかうということを書いた。ところが四元数のつくる空間はベクトル空間ではあるが、計量ベクトル空間(私の本ではユークリッド・ベクトル空間といっている)であった。この計量ベクトル空間ではスカラー積が定義され、ある意味で距離などが定義される。
そのために距離空間の公理を満たしている。距離などは中学生でもわかる概念だろうが、それを数学では結構面倒にいう。こういうことを『四元数の発見』にもさりげなく始めの方に書いておいた。
もっとも私は計量ベクトル空間の基礎としての四元数の直交性がわからなくて、かなり困っていた。四元数が計量ベクトル空間の一例と考えられるということをポントリャギンの『数概念の拡張』(森北出版)から知ったのだが、このときのスカラー積が四元数の演算とは別に定義されるのだということがなかなか、わからなかった(注)。
『四元数の発見』の査読をしてもらった K さんからこのことを指摘されてようやく自分の認識の欠陥を知った次第であった。これは私の物わかりのわるさを白状したことになるが、言い訳をすると『数概念の拡張』では訳者がスカラー積の記号を導入しているが、その定義が明示的に書かれていないことに原因があった。
複素数のつくる空間も計量ベクトル空間の例と考えられる。その例からスカラー積は普通のベクトルと同様に定義できるとわかった。これによってはじめて四元数についても理解できたと感じることができた。
四元数の演算規則とは別に四元数の間にスカラー積を定義できる。この辺が分からない期間が長かった(たぶん半年かそれ以上)ので、友人の数学者のNさんにわからないところを相談したと思うのだが、どうも私の疑問の点が彼に十分伝わらなかったらしい。彼から説明を受ける機会はなかった。残念なことであった。
(2022.4.15 注)四元数の直交性の概念がわからなかったのではなく、これを四元数の数の定義とは別に定義しなくてはいけないということがわからなかったのである。