物理と数学:老人のつぶやき

物理とか数学とかに関した、気ままな話題とか日常の生活で思ったことや感じたこと、自分がおもしろく思ったことを綴る。

同期会再考

2010-08-13 13:07:57 | 日記・エッセイ・コラム

昨年の10月に出身の I 市で高校の同期会があったが、来年は松山市でこの同期会が計画されている。7月だったかK君から電話があって、世話人の一人として働いてくれないかとかいうことであった。先回のときには私は家族の問題でなにもしなかったが、今度はそうも行くまいと思ったので、「いいよ」と答えた。

来年の話だが、今年の10月に同期の者がゴルフコンペを松山でやるから、その前夜祭に来年の相談のために来なさいという。私はゴルフはまったくやらないのだが、前夜祭には行かなくてはならないだろう。

先回の会のときに、会の前に二人の人に声をかけられた。一人は女性で彼女の母と私の母とが女学校時代の同級生であったので、親しくしていた。お互いに自分たちの母をすでに亡くしているが、そういういきさつで話をした。知らない人が見たら、昔の恋人同士かと思ったかもしれないが、そうではない。だが、母から彼女のお母さんのことも少しは聞いていたので、そういう話も出た。会場だったホテルに一泊した後に少し遅い朝食にレストランに行ったら、そのTさんと彼女と同室だったWさんとが並んで朝食を食べようとしていたが、そちらに呼ばれたので二人の前で朝食をとったが、Wさんは私とTさんの母同士が同期生だとは知らなかったので、説明をしたら、なるほどと納得した顔をされた。

もう一人久しぶりに会ったのは中学時代から親しくしていたS君であった。よく夏休みとかにクラブ活動をしている生徒以外には誰もいない中学校に行って、校舎の陰で相撲をとった。彼は相撲が大好きで特に大関の吉葉山のファンであった。吉葉山といってももう知っている人も少なくなっているだろう。一度全勝優勝して横綱にはなったが、怪我等で横綱としては一度も優勝できず引退した悲運の横綱であった。S君は自分のお母さんが100歳を越えてそのときは存命だった。そのお世話でときどき帰郷しているとのことだった。

この二人に会ったので、この年の同期会は私の気持ちとしては成功だったが、いつも毎回同期会に出てかつての同期生と話が合うのかなといつも不安な心理を抱えている。昨年の同期会の後でも、ブログにそういうことを書いたが、同じ同期のY君は別に話があわなくてもいいではないかといい、明解であった。

秀才の誉れが高かったK君とも少し話ができた。K君はいつ会っても構えたところがない。あれはやはり生まれつきのいい性質なのだろう。彼は私といわば同業者である。


カンパ

2010-08-12 11:58:36 | 国際・政治

参議院議員Aさんがまだ候補者であったとき、1万円だけだがカンパをした。これを政治献金といえば政治献金である。私は懐が乏しいのでそういう資金をもともと持たないのだが、この方とは面識がある上に以前に個人としてではないがお世話になったことがある。

それだけでなく、この方は見識があり、地に着いた考えの持ち主である。Aさんのブログを見たら、月に50万円も事務所の維持費用がかかるとのことで、彼はけっして変なことをしない人だと信頼をしているのだが、政治に志すことはこれだけ経費もかかることだと知った。それで、いくら少額でもないよりはましで、助けになるかと思い、少額だがカンパをした。

Aさんは2回の落選の後に今回の選挙でめでたく当選を果たされた。なんらの「地盤、看板、鞄」がない方が政治を志しても2,3回くらいの落選をしないと政治に関与することはできるようにはならない。

このAさんから、当選後に「支援者の方々へ」という手紙をもらった。これはもちろん手書きの手紙を印刷したものではあるが、この手紙を見ると字が丸っこい方で、この人の温かな人柄を表しているように思われた。


複号同順

2010-08-11 13:35:30 | 数学

e-learningのコンテンツの一つをある方に送ったら、「複合同順でなく複号同順でしょう」とご指摘を頂いた。まったくその通りである。

そのときに,、これを英語でどういうのだろうと気になった。ところが手元の本には複号同順という語が出てこない。

それで、ひょっとしたら辞書に出ているのではないかと思ったので、手元の広辞苑第五版を引いてみたが、出ていない。これは復号同順と書いて来られたので、いや複号ではないかというので調べたのでした。もちろん、この場合は複号ですが、違った意味で使われる復号という語もあります。

この前、本から情報がなかなか得られないということをこのブログで書いたら、N.N. さんからそういうときにはインターネットで調べるにかぎりますとのアドバイスを頂いていたので、複号同順を検索したら、double sign in same orderという言い方をすると出ていた。

複号同順ではなく、複号任意というのもあるという。これは英語ではどういうのだろうか。dobule sign in arbitrary orderとでもいうのだろうか。

視力の単位についてエッセイを書いている。数日前に分数視力(fractional vision acuity)の測定法について日本語で書いたものを探したが、よく分からなかった。

Cの形の視標の閉じていない、すなわち空いているところがどちらにあるか、その向きを当てるのだと思うが、右が空いていれば、to the rightとかいうとWEBにあったが、左が空いている場合はto the leftでいいのだろうか。

Snellen視標Cが上向きのときは、to the up(or to the above), 下向きのときはto the down(or to the below)とでもいうのだろうか。説明をしてくれるのなら完全に説明をしてほしいものだ。

どうしても日本語で説明がなければ、英語の説明を探すべきだろうが、英語だと読むのに苦労するので日本語の説明をまず探している。


cleverよりwiseを

2010-08-11 12:31:21 | 数学

「cleverよりwiseを」という、このブログを数学の分野に入れたのは意味がある。2009年の遠山啓生誕100年ということで、遠山の言行録の中に「cleverよりwiseを」という話がある。

いまの若い人には、これは遠山の言った印象的な言葉ととる向きもあるだろうが、私たちの年代だと「自然」という雑誌が中央公論社から出版されていたことを知っており、この「自然」に湯川秀樹の「物理学者群像」という物理学会かどこかでの講演記録が載ったことがあり、そこでは量子力学の創立者の一人である、M. Bornの回想を湯川が読んで話したのがあり、それがこのソースなのである。

日本でcleverよりwiseというのは湯川から来ている。もちろん、そのソースはBornである。こういうことはどうでもいいような気もするが、少なくともcleverよりwiseという感覚は湯川の講演記録を読んで以来私の体の中にもある。少なくとも遠山からは来ていない。大げさに言うと私の人格形成の一部となっているのである。

いや、こういったからと言って遠山を貶めることにはなるまい。遠山は1909年生まれだが、湯川は1907年の生まれであり、2歳しか違わない。それで、遠山もドイツ語を堪能に読むことができた世代である。だから、遠山は湯川とは独立にこのBornの回想録を読んだ可能性はある。遠山自身は湯川からこの「cleverよりwiseを」という考えを知ったという風ではあまりない。

もっとも湯川経由であったかもしれないが、私の思想の一部にも「cleverよりwiseを」という感覚が住み着くくらいだから、遠山にも影響を与えた可能性もまったく0ではない。

ここで、言いたいことは、ここでどちらかに軍杯を挙げるのではなく、そういう雰囲気とか思想を多くの科学者が、その当時の若者が湯川経由であったとしても、その他経由だったとしても、もったということである。そういう時代の雰囲気とか風とかを知ってほしいということである。

人格形成とはそう考えてみると興味深いものである。


吉本隆明氏への先入観

2010-08-10 12:40:30 | 学問

吉本隆明氏に対する先入観としてひずんだものをもっている。これは私が吉本氏の著作を読んでもった感覚ではないので、もちろん吉本氏の責任がないことは間違いがない。

吉本氏に責任がないことをWEB上で書くことは無責任この上もないのだが、吉本氏の著作をほとんど読んだことがない者が勝手に抱いたイメ-ジであるのだから、それをあまりまじめに取ってもらっては困る。むしろ、なぜそういう風な先入観をもったのかという事例研究に役立ててほしいというのが本音である。

その先入観もいまではどういうものだったかよく分からない。おぼろげながら、どうも政治的に過激な考えの持ち主であるという風な先入観をもっていたらしい。それが本当なのかまったく間違っているのかさえも私は知らないし、いま知ろうとも思っていない。

鶴見俊輔さんは吉本さんを「過激派の跳ね上がり」とも言っていないようだし、だから私の先入観はまったく根拠がないのである。いつだったかNHKのテレビで「吉本隆明、思想を語る(?題を忘れた)」を見たときにそれほど異端の人ではないということが、感じられて少し理由なき先入観が修正された。

いや、異端の人だったとしても別にかまわないのだが、私の世界観からいって違和感を感じるということはなかった。

テレビの番組を見る前だったか後だったかは忘れたが、遠山啓のエッセイの「文化としての数学」の新版に吉本氏の遠山さんについての敗戦直後の思い出を中心とした回想がつけられたので、それを読んだ。

そして、その中に「遠山さんは自分(吉本氏)を人間として救ってくれた」とあった。遠山さんに対する人間としての信頼を表明したもので、心温まるものであった。こういう文章を書く人に悪い人はいないのではないかとまで思うようになった。

ごく最近だが、筒井康隆氏が朝日新聞日曜日の読書欄で「漂流」という連載を書いていて、最近その連載が完結したが、筒井康隆氏は何かで吉本さんがお嬢さんを抱っこしている写真をみて、これは本物だと思ったとか書いていた。この感覚は十分にはわからないが、少なくとも筒井さんを感激させる何かを吉本さんがもっていたことは確かだろう。


遠山啓の哲学思想

2010-08-09 12:00:49 | 学問

数学者、遠山啓の哲学思想を論じたものをあまり読んだことはないが、昨年が遠山啓生誕100年だったので、雑誌「数学教室」で遠山を論じた連載が続いている。その中の一回に遠山の基本にした思想は唯物弁証法だったのではないかと書いたのを読んだことがある。

別にそのエッセイが間違っているとも思わなかったが、もう一つぴったりと来ないようにも思えた。昨夜、鶴見俊輔対談集「語りつぐ戦後史」上(講談社文庫、1975)を開けて遠山との対談を読んだ。

鶴見: 戦争が終わってすぐ、アメリカが持ち込んだのは、とても素朴な経験主義で、パターンの認識とか型の問題を入れないで、もので教えるという、そういうものでしたね。それが小学校の教育まで低く平均化していくという役割を果たしたと思うのですが、そういうものから、だんだんひきもどしていこうという努力をされたときに、たとえばマルクス主義という思想の方向として、どういうふうに、いつごろから接近されたんですか。毛沢東などを読んでおられましたね。

遠山: そういう意味では、私は毛沢東の影響はあまりうけなかったですね。

鶴見: そうですか。弁証法ということをとても考えておられたんじゃなかったですか?

遠山: 考えたといえばそうですが、けっきょくわかんなかったと言った方がいいですかな。まあ、量と質という問題は数学教育にも大変関係があるので、ただこの量と質の、両方の転化ということが忘れられているのではないかということですね。自然科学の場合は、質から量への転化ということを考えないと、学問そのものの発展というのが把握できなくなるのじゃないですか。一方からの転化だけでは、不十分だという気がするのです。

とあった。ドグマを100%は信用しないとも言われている。ここらあたりが遠山さんらしいところかもしれない。


ゲジゲジ

2010-08-07 13:04:00 | 日記・エッセイ・コラム

昨日、アンパニウスを取り上げたので、ゲジゲジを取り上げた方がいいだろう。というのは物理学者の渡辺慧と武谷三男とは親友であったのだから。

ゲジゲジは何を隠そう、私が肩入れをしている武谷三男のあだ名だったらしい。これがどこからきたのかはっきりしないが、武谷の書いたエッセイの中につぎの話がある。

あるとき、つづり方教室の一つに武谷が呼ばれて、医学が進歩して、サルバルサン等で梅毒が直るようになったことと梅毒で頭がおかしくなって、幻想的な文学ができるのとどちらがいいのかという話をしたらしい。

このときに、そのつづり方教室に参加していた、ある女性が彼のことをゲジゲジみたいと評した。それを聞いた悪友たちが武谷のことをゲジゲジとあだ名したためかもしれない。

まことに武谷はこういう風に独自の意見の持ち主であって、それはなかなか本質を衝いてはいたのだが、その議論の仕方を好まなかった方がいたことは確かであろう。しかし、なかなかこういう意見は言えるものではない。彼の頭の鋭さが窺い知れるようである。

私の考えではもちろん医学の進歩で病気が直ることの方がいいので、直らないでいい文学ができたとしてもそれを医学の進歩が妨げたといって非難することは間違っている。

文学はそういう状況の変化を乗り越えてこその文学であろう。そうでなければ、文学など高が知れているといわれてもしかたがあるまい。もっとも文学がそんなにひ弱なものとは私は思っていない。

なお、昨日ゲジゲジをインターネットでちょっと調べたら、ゲジゲジは益虫であることとムカデに似ているが、ムカデとは種類が違うことが書いてあった。

見かけからはゲジゲジとムカデの区別は私にはつきそうにないが、インターネットでは益虫であるのでゲジゲジを殺さないようにとあった。

武谷がこのことを聞いたら、泉下で苦笑していることだろう。


アンパニウス

2010-08-06 11:50:32 | 日記・エッセイ・コラム

アンパニウスというとギリシアの何か知らないが、哲学者か誰かのように聞こえるだろう。

しかし、これは物理学者の渡辺慧が第二次大戦の直後の時代に自分の意見を雑誌等で述べるのに使った隠れ蓑としての名前であった。そしてこのアンパニウスは彼がアンパンを好きであったことから、悪友が彼につけた、あだ名がアンパンだったためという。

そして、そのことを知らない人たちは雑誌等で発表した渡辺さんの意見がアンパニウスの意見の受け売りだと攻撃したが、それはまったく見当違いだった。渡辺さんの企みにうまくひっかかったわけである。彼は見当違いの評論を読んでニヤニヤしていたに違いない。

そういうことがあったので、私の所属している、あるグループがお世話になった、H牧師さんが亡くなったとき、ある会誌にその追悼文の冒頭にアンパニウスの名前で私がアンパニウスの代わりに格言を書いたが、誰からもけしからんとは言われなかった。

これはこの会誌のそのときの編集長だった、H大学の文学部教授Sさんからも文句は出なかった。彼はもちろん西洋古典文学の教授ではないから、そういうギリシアの学者がいないとかは知らなかったろう。

別にSさんをからかう意味でこの一句を入れたのではない。Hさんの現在では短いとも思えた一生をその長さが重要なのではないということを強調するためであった。

私はいつも、きまじめな顔をしているので、こうしたいたずらをしても誰からも文句を言われたことはまだない。


J-文学

2010-08-05 12:17:34 | 日記・エッセイ・コラム

J-文学というのは日本文学を5分間で紹介するNHKの教育テレビの番組である。テクストも発売されているらしい。これははじめはきれいな日本語を話す、ロバート・キャンベルさんが日本の文学の紹介をしていたのだが、これは日本語での紹介もあれば、それが英語のこともあった。

このごろはキャンベルさんよりも二人の若い女性に変わっている。以前には「金色夜叉」「大菩薩峠」とかも紹介されていた。このごろはマンガであらすじを示しているようである。私などそういった文学からはもう何十年も前から遠ざかっているが、ちょっと食指が動かないでもない。

なかなか優れた番組であるが、一般にはその評価はどうなのであろうか。もちろん、これは教育放送であって、総合テレビではないから、一般にはあまり知られていないのではなかろか。そうだとすれば、残念なことである。


私のフランス語修業10

2010-08-04 12:49:55 | 外国語

One for all, all for oneとかいうのはニュージーランドのラグビー代表チームである、オール・ブラックス(all blacks)の合言葉だとか聞いた。

最近ではNHKのテレビ番組の歴史ヒストリアで石田三成のことを放送していたが、それによれば、三成の合言葉というかモットーというかは「大一、大万、大吉」だという。

これのはじめの部分がOne for all, all for oneにあたるという。そういうことを知った後で、NHKのラジオのフランス語講座でTous pour un, un pour tous(カタカナで発音をつたなく入れるとトゥ プル アン アン プル トゥとでもなろうか)というのを知った。これはAlexandre Dumasの三銃士の中の文句だという。

これは冒頭のOne for all, all for oneにあたる。もっとも私が英語の方をよく知らないために順序が入れ替わっているのかもしれない。Tous pour unはall for oneである。同様にun pour tousはone for allである。

もっとも、それは大したことではないので、こういう発想がどこから出てきたのかということがむしろ関心を引き起こす。オール・ブラックスの方のモットーはひょっとしてこの三銃士からきているかもしれないが、三成の方は多分三銃士とは関係がなかろう。

そうだとすれば、三成がそういう思想を得たというか考えついたのかがとても関心を引くことであろう。それにしても人間というもの同じような発想をするらしい。


「子どもばんざいだ!」を読む

2010-08-03 14:25:11 | 数学

小口鈴実さんの標記書を斜め読みした。この本は「遠山啓の教育思想と実践」という副題がついており、こちらの方が本の内容を表しているだろう。よく書けているというべきだろう。

丹念に銀林さんや松井さん等の数学教育協議会のメンバーにインタビューしているので、多分いろいろな事実にはあまり誤りはないのであろう。だから、ちょうちん持ちをすべきなのだが、どうも私自身には不満が多い。しかし、この書の主題は遠山啓の教育思想であるので、仕方がないのかもしれない。

まず、「量の体系」が小学校では問題がないが、中学校、高校と進むつれて問題が生じることをどう考えるか、先行研究を紹介するだけで、自分のお考えを述べてはいない。

つぎに内包量も加法ができる場合があるが、それを本来、実体の合併で内包量の加法ができないこととは、別にどう理解するかを論じていない。これはないものねだりかもしれないが、こういうところこそ論じてほしいことである。

それから、水道方式は小学校の数の計算の体系から、文字式の計算の体系へと拡張されたのだが、それがどうも現在一般にはうまく機能していない。これをどう考えるのか。こういうことはもともと論じてほしいと願望する方が間違っているのかもしれないが、折角遠山の教育思想を論じるのならば、論じてほしいことである。

教具とシェーマのところでも、小口さんが日常の算数や数学の教授の現場で使っていると思われる、シェーマとしてのテープ図(加法)、面積図(乗法)、水槽、ブラックボックス(関数)等があるが、これらの位置づけをしてほしかった。これはタイルだけがシェーマではないし、学年が上がってくるにつれて、シェーマとしての面積図が重要となってくるからである。

これらのことを他人に解明してほしいなどと望むことがそもそも間違いなのかもしれないが、少なくともそういう点を率直に問題意識として提起してほしかった。

遠山啓がすぐれた数学者および数学教育者であったことは間違いがないだろうが、問題がもう残っていないわけではないのだから。


新しい大学講義

2010-08-02 11:30:19 | 学問

岩波書店のPR雑誌「図書」の8月号に加藤典洋氏と高橋源一郎氏との対談が載っていて、これは「言葉の整体」と題する。両氏の講義からできた書籍があるらしい。

それは「言語表現法講義」(岩波、1996)と「13日間で「名文」を書けるようになる方法」(朝日新聞出版、2009)だという。これは大学の講義で文章を書かしてそれを朗読させ、また学生に評論させるという実践の報告であるらしい。

講義ではほとんど教えない。自分で考えて文を書き、それを評論させる。はじめは何をいうつもりかはっきりとはしていなかった学生が講義の終わり頃にはすばらしい文を書くようになるという。

こういう講義は特に予備知識が必要な訳ではない。それぞれの学生がもっている、それまでの素養を開花させるところに講義の真髄があるのだろう。

そのためには「学生に文を書かないと単位をださないよ」とか「書いた文を朗読しない単位が出ないよ」とか何とかいいながら、文を書かせ、それを自分で朗読させ、それを他の学生に評論させる。そういうプロセスのくり返し(?)でいい文章を書けるような学生がたくさん出てくるらしい。

1週間くらい前に岐阜大学の英語の先生であった方の雑誌に出たエッセイを読んだが、それによると、この本来は理科系の教育を受けた、この先生が高校の英語の先生となり、少しづつ学生を教育することによってご自分の英語の力をつけていったことが記されていた。

この方のやった方法を後追いかもしれないが、少しでも真似て実践すれば、ある程度の英語の力がつくのではないかと思われた。

よく、「英語の力をつける」というインターネットのCMを見るが、ここには英語の力の修得のためのポイントは書かれていない。これはその教材を購入させるのが主眼であるからだろう。

しかし、この岐阜大学の英語の先生だったこの方は惜しげもなくそのknow-howを書かれていた。実際に力をつけるにはこの先生の実践された報告の本を読む必要があるだろうが、そのポイントはこの記事では抜かしてはいなかった。