ドイツ語の語順の問題を昨夜のドイツ語のクラスで O 氏が R 氏に質問されていた。
それは先週は急にクラスができないというお知らせのメールについてであった。それの一部を引用しておこう。
Entschuldigung, dass ich es am Donnerstag (vergessen habe), zu sagen.
(すまみせん、木曜日に言うのを忘れていたのですが、・・・)
という個所である。強調のために定動詞とそれに関係した部分をカッコをつけた。それ以外の意味はない。(以下カッコはすべて強調のため)
Entschuldigung, dass ich es am Donnerstag zu sagen (vergessen habe), ・・・
とすべきではないかということだったらしい。R氏の返事はよくはわからなかったが、
vergesen habeの後ろは文のNachfeld(後域)であり、そこにおいてもかまわないという。しかし、O氏はさすがにドイツ語がよくできると感じた。私などその点にまったく気づかなかったからである。(もっとも私がいま読んでみると R 氏の書かれたドイツ語のほうが自然な感じがする。どうしてかは理由はわからない)
つぎの質問も意外なものであった。それは O さんがドイツ語を母語とする人から聞いたという
weil ich (komme) erst um 8 Uhr. (強調のために定動詞をカッコで囲んだ)
であり、これは聞き間違いかと思って O さんは聞き返したそうだが、やはり同じ答えが返って来たという。普通のドイツ語ではもちろん weil 以下は副文であるから、定動詞は後置されて
weil ich erst um 8 Uhr (komme).
であろう。R 氏の見解は若い人がそういう風に言う傾向があると認めた。それが英語の影響だという人もあるが、定かではないとつけ加えた。また、話し言葉では許されるとしても書かれた文章としては許されないであろうと言われた。
第3の例文は私の上げた例である。
Ich glaube, Herr Abe (hat) viel Geld.
とも
Ich glaube, dass Herr Abe viel Geld (hat).
ともいうが、昔は前の文は昔は学校でもNHKのラジオやテレビのドイツ語講座等でも教わらなかった(もちろんこの表現はいまでは普通である)。これについての R 氏の見解は Ich glaube の後ろの
Herr Abe (hat) viel Geld
は引用文という観点があるのだろうという。ドイツ語学習者としての私のような老兵は副文章では定動詞後置だと強く印象に残っているのだが、この例では別の主文という位置づけがされている。
昔のことを述べたついでにいうと、昔は名詞の3格の変化に語尾 e がつくのが常だったが、いまでは子どもという意味のdas Kindの格変化としては
das Kind, des Kindes, dem Kind(e), das Kind
と教わったものだが、1976年にフライブルクのゲーテインスティテュートではその男性名詞と中性名詞の単数の3格の語尾のeは(この場合にはdem Kindeの e )はもう古めかしいのでつけるなと教わった。私が初めて大学でドイツ語を学んだのは1958年だから、ほぼ20年の間にドイツ語も変わって来たのであろう。
もっとも慣用句としての nach Hause(家に)だとか zu Hause(在宅して)とかの場合には語尾の e が残っている。しかし、これも最近では nach Haus でも zu Haus でもいいと思う。
それは先週は急にクラスができないというお知らせのメールについてであった。それの一部を引用しておこう。
Entschuldigung, dass ich es am Donnerstag (vergessen habe), zu sagen.
(すまみせん、木曜日に言うのを忘れていたのですが、・・・)
という個所である。強調のために定動詞とそれに関係した部分をカッコをつけた。それ以外の意味はない。(以下カッコはすべて強調のため)
Entschuldigung, dass ich es am Donnerstag zu sagen (vergessen habe), ・・・
とすべきではないかということだったらしい。R氏の返事はよくはわからなかったが、
vergesen habeの後ろは文のNachfeld(後域)であり、そこにおいてもかまわないという。しかし、O氏はさすがにドイツ語がよくできると感じた。私などその点にまったく気づかなかったからである。(もっとも私がいま読んでみると R 氏の書かれたドイツ語のほうが自然な感じがする。どうしてかは理由はわからない)
つぎの質問も意外なものであった。それは O さんがドイツ語を母語とする人から聞いたという
weil ich (komme) erst um 8 Uhr. (強調のために定動詞をカッコで囲んだ)
であり、これは聞き間違いかと思って O さんは聞き返したそうだが、やはり同じ答えが返って来たという。普通のドイツ語ではもちろん weil 以下は副文であるから、定動詞は後置されて
weil ich erst um 8 Uhr (komme).
であろう。R 氏の見解は若い人がそういう風に言う傾向があると認めた。それが英語の影響だという人もあるが、定かではないとつけ加えた。また、話し言葉では許されるとしても書かれた文章としては許されないであろうと言われた。
第3の例文は私の上げた例である。
Ich glaube, Herr Abe (hat) viel Geld.
とも
Ich glaube, dass Herr Abe viel Geld (hat).
ともいうが、昔は前の文は昔は学校でもNHKのラジオやテレビのドイツ語講座等でも教わらなかった(もちろんこの表現はいまでは普通である)。これについての R 氏の見解は Ich glaube の後ろの
Herr Abe (hat) viel Geld
は引用文という観点があるのだろうという。ドイツ語学習者としての私のような老兵は副文章では定動詞後置だと強く印象に残っているのだが、この例では別の主文という位置づけがされている。
昔のことを述べたついでにいうと、昔は名詞の3格の変化に語尾 e がつくのが常だったが、いまでは子どもという意味のdas Kindの格変化としては
das Kind, des Kindes, dem Kind(e), das Kind
と教わったものだが、1976年にフライブルクのゲーテインスティテュートではその男性名詞と中性名詞の単数の3格の語尾のeは(この場合にはdem Kindeの e )はもう古めかしいのでつけるなと教わった。私が初めて大学でドイツ語を学んだのは1958年だから、ほぼ20年の間にドイツ語も変わって来たのであろう。
もっとも慣用句としての nach Hause(家に)だとか zu Hause(在宅して)とかの場合には語尾の e が残っている。しかし、これも最近では nach Haus でも zu Haus でもいいと思う。