物理と数学:老人のつぶやき

物理とか数学とかに関した、気ままな話題とか日常の生活で思ったことや感じたこと、自分がおもしろく思ったことを綴る。

寂聴さんのつきあいの広さ

2019-04-11 10:55:21 | 日記

瀬戸内寂聴さんのつきあいの広さを痛感した。今朝、朝日新聞に寂聴さんがショウケン(萩原健一)さんとのつきあいを回想しておられた。

これは何年も以前だが、私がH大学で東洋史の講義を聞いた、今堀誠二先生が亡くなったときに、その回想を書かれていた。

今堀さんとは中国の北京で知り合ったとのことだった。瀬戸内さんが若い時で、結婚して夫と北京に滞在していられたときに、留学生として北京に今堀さんは滞在していたという。

その後、瀬戸内さんは離婚して小説を書く作家となった。一方、今堀さんは東洋史学者として学士院賞を受けるほどの業績を挙げられた。

まったくの異分野の二人だが、今堀さんが亡くなったときに、回想を書かれていたのだ。つい最近だったが、やはり寂聴さんと井上光晴さんとの不倫を娘さんが小説に書いたとかこれもやはり新聞で読んだ。

光晴さんの奥さんとも寂聴さんは関係が悪くなかったというから、不思議な人である。そういう人がおられるのだといまさらかながら知った。

光晴さんの娘さんは自分の小説を寂聴さんに見てもらったともいうから、ますます寂聴さんは興味深い人である。


この季節になると

2019-04-10 17:06:39 | 日記

ほとんどきまって逆格子ベクトルというブログの閲覧の数が多くなる。とはいっても逆格子ベクトルを学んでよくわからないなどと思う人の数はごく少数である。

だから多くなるなどとは言うのもおこがましい数ではある。直接格子空間の双対空間である、逆格子空間という空間がある。

それは実はなんのことはない、二つのベクトルのベクトル積でできたベクトルとそのベクトル積の構成要素である、いずれかのベクトルとのスカラー積をつくると、それは0になるという性質しかつかわない。


図の入力が

2019-04-10 16:49:31 | 日記

図の入力があと一つか二つになった。

今日は2つほど入力をしたので、明日か明後日には図の入力が全部すむかもしれない。それだといいのだが、まだ忘れている図の入力があるかもしれない。

よくわからないなりに、経験的に試行錯誤で図の入力をしている。私にはこれしかやりようがない。思ったよりも早く済みそうであるが、はじめから考えるともう申し訳もないくらい、何年も時間がかかったことになる。

先刻、友人におおざっぱでもいいからと、検討をお願いするメールを出しておいた。もしこれができあがったら、第3部にとりかからねばならない。

第3部はあまり私の得意ではない分野である。

 


図の入力がすこしずつ

2019-04-10 00:37:51 | 日記

図の入力がすこしずつできている。これは小川修三さんの「量子力学講義ノート」2部の図の入力である。

latexの図の入力システムとしてのTikzを使っての入力である。たしか10個だったか11個だったか図があったが、その半分にようやく達したか、達しないかくらいである。

思ったよりは順調であるが、それでも1日に一つまたは二つしか図が描けない。だからなかなか図は大変なのである。それも大して複雑な図ではないのだが、どうも仕事がおそい。亀よりもおそい。

それでも図の数は有限であるから、早ければ、今月中には終了するであろう。自分自身でもフラストレートしている。いまのところ、この第2部は50ページを越している。


ベクトルの積分定理

2019-04-09 10:45:51 | 数学

ベクトルの積分定理といえば、言わずと知れた、ガウスの定理、グリーンの定理、ストークスの定理である。

greenの定理はストークスの定理の特殊な場合でもあるが、この定理を証明しておいて、それをつかってストークスの定理を証明することも多くの本では書かれている。

最近では微分形式でこれらの定理は一つの式で表されており、次元が違うだけとも数学の本には書いてある。それはともかくとして現在の物理の教育では電磁気学においてはベクトル解析は欠かせない。

それで、イメージのわくようなこれらの積分定理の証明はなにかというので、いろいろの本を読んでいるのだが、イメージのわく証明もあれば、たしかに証明の一段一段は正しいのだが、なんでこういう証明を思いついたのだろうという思いが消えない。

北野正雄先生がアーノルドの『古典力学の数学的方法』だったかから引用しているのはこれらには長い歴史があるということらしい。

 


精密検診から

2019-04-08 15:31:26 | 日記

精密検診からようやくかえってきた。8時半ごろにでかけたのだが、15時前の帰りとなった。

あまり結果は思わしくはないが、経過観察となった。手術とかはまだしないらしい。

それでもいずれは手術するときがくる。それがもしも5年後だったりしたら、もう体力がなくなっているかもしれない。その辺は自分でもわからない。

いつものように半年後の予約がとれた。そういう経過観察中で半年ごとの検診がすでに一つあるので、これで二つ目である。これが3つとか4つとかに増えるということがあるのだろうか。

「養生の仕様があるのですか」と尋ねたが、「血圧ぐらいですかね」と医師はそっけがなかった。どこかで動脈が破裂して一貫の終わりという結末もありそうである。


昨日また花見

2019-04-08 00:27:05 | 日記

 昨日は選挙があったので、市役所の支所に選挙に出かけた。その帰りに近くのスーパーにより弁当と飲物をかって近くの神社の桜を見に出かけた。

神社の拝殿は長い階段の上にある。それで階段下の二つの桜を見ながら、お昼の弁当を食べ、飲物を飲んだ。食べ終わったので、どこの神社にもつきものの神社への寄付した人の名前と金額を書いた石碑を見て回った後で本殿のある階段を上がった。

なかなか上を見上げると上る気が失せるくらい長い階段だが、妻と会話しながら登ったのでなんとか登りきることができた。少額の硬貨をお賽銭としてなげて、家族の健康と多幸を祈った。

そして、脇道の車の入れる道のだらだら坂を下りて帰った。途中トイレのある公園により、トイレをすませた。

そこにはベンチがあったので、さわやかな風に吹かれながらも、穏やかな太陽の日の暖かさを楽しんだ。午後は何かのテレビドラマを見たような気がするが、居眠りしてしまったかもしれない。

 

 


 

 



『ベクトル解析入門』

2019-04-06 11:05:06 | 日記

小林亮、高橋大輔『ベクトル解析入門』(東京大学出版会)の紹介を昨日はできなかった。いまも、まだあまりよくは読んではいないのだが、はっきり言えることは、この本は他のベクトル解析の本とは大いに異なっている。

すなわち、いい方向に異なっている。第2章「場と座標」というところがあるのも普通のベクトル解析の本とちがうところだろう。コンピュータ・グラフィックスで描かれた多く図があり、場のイメージを醸成するのに役立つだろう。またその理解のために等位面とかの3次元的な表示もある。

場を図示することによって、ベクトル解析を少しでも近づきやすいテーマとしたいという著者の意向がよく出ている。

線積分、面積分、体積分といったベクトルに関係した積分の取り扱いのほうがベクトルの微分の取り扱いよりも順番として早く出てきているというのもこの本の特徴である。

積分は加算の一般化であり、微分は除算の一般化であるから、加算の一般化である、積分のほうが除算の一般化である、微分よりもわかりやすいという考えから、積分のほうが先にこの書ではでてくる。

もっとも、ベクトル解析の最終目標である、ガウスの定理とか、ストークスの定理とかの扱いは最終章である、第8章の「積分公式」までとっておかれている。そして、その証明も他の多くの書とは少し違っているように思える。もっともそれは「微分積分学の基本定理」の一般化としてのストークスの定理、ガウスの定理の証明を目指していると思われる。

ただこの書には微分形式等の話はまったくでてこず、そういう意味では限界があるかもしれない。しかし、流体力学や電磁気学の理解にはこれで十分であろう。


今日はなにをしていたのか

2019-04-05 17:14:56 | 日記

わからないが、ブログを書くことはとんと忘れていた。そういうときもある。

月曜日にまた精密検診を受けるので、E大学の図書館に本を返しに行ったのだが、けっきょく別の本を2冊借りて帰ってきた。

またベクトル解析の本である。1冊は小林亮、高橋大輔『ベクトル解析入門』(東京大学出版会)である。これには第8章 「積分公式」のはじめに微積分学の基本定理の話が書いてある。

そのイメージをもって、ストークスの定理とガウスの定理を説明を読むようにと書いてある。


世の中は変わっているのに

2019-04-04 11:20:46 | 日記

世の中は変わっているのにそれがないかのごとくふるまっている。

新元号が発表になったり、イチローさんが引退したり、それらについてはこのブログでは全く触れたりしていない。

社会にはそれで影響を受けている人もいるだろう。新元号の他の候補もわかるというようなことが新聞でも報道された。新聞に載った他の候補を見て、私なら「英弘」を選ぶと言ったら、妻が字画の多い元号は採用できないと即座に言われた。

それなら、「万和」がいいとも言ったが、それには別に反対も賛成もされなかった。残念賞とかで世間の人気投票をやってみても面白いのではないかと思ったりするが、これは私が不謹慎な人間だからであろう。

イチローさんに関しては以前にテレビ朝日のニュース・ステーションのアンカーだった久米博さんが「一度野球場でイチローのプレーを見なさい」と勧めていたが、ついに生でイチローさんのプレーを見る機会はなかった。

いやいや、世の中の人々は私と同じような人が大多数であろう。

AIがなければ、一日も過ごせないような時代が来てはいるが、それでも数学や物理は嫌いな人が大多数でもある。すくなくとも学校で数学や物理ができなかったからと言って、コンプレックスをもたないでほしい。などと言ってもなかなか役には立たない。負け犬の遠吠えであろう。


健康診断の結果

2019-04-03 12:24:44 | 日記

健康診断の結果はそれほどわるくはなかったけれど、一つ精密検診をアドバイスされた。これの結果次第ではあまりよくないのかもしれない。この事態は全く予想していなかった。

血管外科で精密検査することとなった。ことと次第では致命的なことになるかもしれない。人間というもの一寸先は闇である。まあ、現在ではあまり深刻にはとってはいないが、用心にこしたことはない。

薬でよくなることもあるかもしれないし、外科的な手術ができれば、問題はないが、それができないこともあるだろう。

というわけで、いままでのように「数学・物理通信」を従来通りに発行できなくなる可能性もないわけではない。しかし、いずれにしろ、できるかぎりやる。それしかない。


『ゼロから学ぶベクトル解析』

2019-04-03 11:59:20 | 日記

西野友年『ゼロから学ぶベクトル解析』(講談社)をインターネットの古書で購入した。一昨日ようやくそれがきたのでちらっと読んだのが、これはインターネットの評判通りの書であるとの印象である。

だが、まだ十分に読んでいないので、最終的な判断は保留しておきたい。すくなくともストークスの定理の証明はイメージのわくような書き方がされているという印象をもった。

もっとも、これは大多数の本とは証明の仕方が逆方向であり、微積分の基本定理の一般化という考えからはどう考えたらいいのだろうかという気がしている。

大多数の本のストークスの定理の証明はなかなかイメージがわきにくい。「微積分の基本定理の一般化」という考えが底流にはあるものの、あまりそれが表立っていない。そこをどのように書くかが私の課題である。


『新版マクスウェル方程式』

2019-04-02 12:22:08 | 物理学

『新版マクスウェル方程式』(サイエンス社)は畏敬する、北野正雄先生の書である。

この書はなかなか難しいので、北野先生から本を送っていただきながら、あまり読むことはなかった。だが、ストークスの定理とかガウスの定理の証明の導き方から、いまは電磁気学の方へと関心が移りつつある。

ところが、これを読むのはなかなか片手間ではわかりそうにない。それで、まだそこまで踏み込んではいないのだが、私のもっている電磁気学の本を総動員して、この書を読み解いておきたいという気が少し起きてきた。

たとえば、「数学・物理通信」に『新版マクスウェル方程式』の1章づつを解読したエッセイを書くのはどうだろうというアイディアがでてきた。こんな難しいことを私ができるのかどうかはわからない。それに今見てみると、この書は16章から構成されている。

数か月前にも北野先生から、佐藤文隆、北野正雄『新SI単位系と電磁気学』(岩波書店)を送っていただいたのだが、これも書棚に眠っていて、有効に生かされていない。これをも生かす方向にすこしでも努力ができるだろうか。

他には大田浩一さんの一連の電磁気学の書もある。太田さんは電磁気学の書を2冊組で書いたのを、出版社を変えて3度も出版されている。私はその2つの版をもっているが、最後の東京大学出版会の版はもっていない。

シュプリンガー・ジャパンの版については北野先生も絶賛されている。これらを合せて今回は北野先生の本に焦点を絞った解読のエッセイが書けたらいいのだが、そんなことをする根気が続くかどうか。それはまったくわからない。そもそも、はじめることができるのかさえ分からない。


『数学と物理学との交流』

2019-04-01 12:54:23 | 数学

『数学と物理学との交流』(森北出版)の第2章「ベクトル解析」を日曜日に読んだ。とはいっても現在の関心があるのは電磁気学なので、この第2章の後半の解析力学の箇所は読むには読んだが計算をフォローをしていない。

これは全体で42ページでベクトル解析をマスターさせようとする(?)ものである。特にこのベクトル解析の本は微分形式によっている。それを数十頁でベクトル解析を教えようとする。倉田さんは九州大学の工学部に長年勤めていた数学者であり、工学部の学生に微分形式でベクトル解析を教えるということをされていたらしい。

数年前に亡くなられたのだが、生前に彼の教え子でもあり、サーキュラー「数学・物理通信」の共同編集者のNさんが、一緒に倉田さんを訪ねようと言ってくれたのだが、そのうちに倉田さんが亡くなってしまったので、生前にお近づきになることはできなかった。

その後、香川県丸亀市に在住の倉田令夫人をNさんと訪ねて昼食をごちそうになった。そのときにこの『数学と物理学との交流』をすでにもっていたかどうかは覚えがない。

いまでは、私はこの本のPODをもっている。これは2007年(1972年初版)の発行だから、この本を購入したのは私もNさんも定年退職した後だったことはまちいがない。

ということで、さらに森毅さんの『ベクトル解析』(日本評論社)へと読み進めようとしている。