【元日経新聞記者】宮崎信行の国会傍聴記

政治ジャーナリスト宮崎信行、50代はドンドン書いていきます。

「復興のエンジン=財政」の地ならしで前進 地方交付税法が参院へ、IMF法・関税法・亀井法も衆本へ。

2011年03月22日 21時17分28秒 | 第177常会(2011年1月)大震災・3党合意

[写真]防災服姿で審議に臨む野田佳彦・財務大臣と、中小企業など金融円滑化法延長案(亀井法)の可決で一礼する自見庄三郎・金融担当大臣=2011年3月22日午後8時15分ごろ、衆院財務金融委員会、衆議院インターネット審議中継からキャプチャ・トリミング

 衆議院は22日の本会議で、地方交付税法などの改正案(177閣法5号)、家畜伝染病予防法改正案(177閣30号)を可決し、参院に送りました。

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 参院予算委員会は、一般的質疑を1週間ぶりに再開。

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 野田佳彦財務大臣と自見庄三郎金融担当大臣が出席した、衆院財務金融委員会も午後3時半~午後8時20分過ぎまで、177通常国会では恒例となった居残り授業を開催しました。

 財金委は午後8時15分過ぎ、関税定率法一部改正案(177閣7号)、中小企業などへの金融円滑化法延長案(亀井リスケ法、177閣3号)、そして、IMF加盟法(国際通貨基金及び国際復興開発銀行への加盟に伴う措置に関する法律等の一部を改正する法律案、177閣8号)の3法案を可決しました。「亀井法」延長案は全会一致で、引き続き、法案名は「中小企業など」ですが、むしろ「零細企業」「住宅オーナー」がフルに活用したい法律として延長されそうです。例え、リスケジュール(融資条件の変更、とくに返済期限の繰り延べ)をしてでも、ナントカ資金繰りをよくすることが、すべての経済活動の根本です。このうち、亀井法は全会一致でした。次の衆院本会議にかかります。なんとか成果は出ています。

 政権交代前から財金委の理事を務める野党理事は「日切れ法案3本を同時に審議する3階建てで、短時間に審議するのは、異例で、(委員会運びの)前例(先例)にすべきではない」としながらも、「震災時なので、やむを得ない」としました。「備えあれば憂い無し」といいます。3月にずれ込んでから、連日の居残り授業で、予算関連法案を審議するという情けない事態は、これは与党も野党も関係なく、「国会」として褒められたことではありません。例えば、与党は、「参院開会前の朝練(~午前10時)」、「参院昼休みの補習(午後0時過ぎ~午後1時前)」、「休日特訓」も野党に呼びかけたとしていますが、もう、ここは与党だろうが、野党だろうが、反省すべきだし、その上で、立ち止まらずに歳入関連法案(所得税法など改正案、赤字国債発行の臨時特例法案)をやっていかなければいけません」。

 今国会では、衆・予算委での「子ども手当の月1・6万円→月2・6万円のマニフェスト変更の経緯」に続き、衆・財金委でも大活躍している公明党の竹内譲さんが、「みなさんもあんまり見たことないでしょう」として、IMF・世銀グループの一つである、「国際開発協会(IDA)」のバランスシート(BS、貸借対照表)について質問しました。IDAは、我が国の東海道新幹線建設の費用を貸してくれた、日本人にとって頭が上がらない国際金融機関です。竹内さんも最近、気になって読んでみた、という風情でした。竹内さんの質疑からすると、IDAには我が国は2兆円程度の出資金があるようだ、という趣旨の質問だったと思います。この辺のIMF・世銀グループへの出資金はどうなっているのでしょうか。日本は外為特会あるいは財投特会からIMFへ10兆円以上を貸し付けていると思うのですが、どうなのでしょうか。

 財務大臣の野田さんは、先週の審議でも歳入費目をそらんじたら2兆円ずれていたなど、ここに来て、「にわか財政通」の仮面が取れつつあります。きょうの質問も竹内さん自身、「質問通告していなかったので申し訳ない」と断った上でのこととは言え、相変わらずすぐに答えられませんでした。東京では冷たい雨が降るなか、「IMF」という言葉が何となく身近なものになりつつある気配を感じた、震災時の財務金融委員会でした。復興のエンジンは財政です。野田さんも、「平成の高橋是清だ」という心構えでしっかりやってほしいと思います。正直、野田さんより財政通はかなり民主党内にはいます。名前を挙げろと言われれば、挙げられます。しかし、財務大臣というか、大蔵大臣となると、他省をおさえつける「格」というものが必要です。当面、野田さんにやってもらうしかありません。野田さんが泰然自若として、平然と落ち着いていることは頼もしいと思います。


現地入りの1年生議員・橘秀徳さん「かなりショック」「国会から見て思いも寄らなかった現実が」

2011年03月22日 21時15分55秒 | 第177常会(2011年1月)大震災・3党合意

[写真]民主党1年生議員の橘秀徳さん

 昨日のエントリー「民主党1年生が班ごとに被災地入り できることだけ、ひたむきに。」の続編で、橘秀徳さんが民主党幹事長室が設けた国会内対策本部への報告を書き上げた後、さっそくブログを更新し、「東京に戻り、宮城県被災地 現地視察調査の報告をまとめました。百聞は一見に如かず。自身ひどくショックを受けました」と報告してくれています。以下に全編コピー&ペーストさせていただきます。

 民主党の1年生議員、政権交代チルドレンは、一昨年9月以来、はじめはがんじがらめにされて、その後は、日中は「議員連盟」「ワーキングチーム」「勉強会」、夜は打ち合わせ、誕生会と称したグループ飲み会など先輩議員(ただし与党経験はおなじ日数)の「悪い大人たち」の誘惑にそそのかされて気の毒な状態。その中でも、気が強い人は、飲み会を一切断り、議員会館で夜なべで、衆議院事務局や国会図書館も活用して勉強しています。昔は、田中角栄さんは飲み会は必ず1次会までで、自宅(青年代議士時代から目白台住まい)に帰り、眠った後に起きて勉強、渡辺美智雄さんは議員宿舎に午後7時に帰り、岡田克也さんも議員宿舎住まいのころは、午後9時には必ず帰っていた、などいろいろ勉強していたようです。とある1年生議員がだいぶお腹が出ているので、「ストレスじゃないのか?」と問い質したら、「いやいや」と言いながらも、「それもあるかもしれない」と僕だけに話してくれました。まあ、小沢幹事長から岡田幹事長になって、岡田さんなりの厳しさもあるけど、だいぶ良くなったということでしたが、今度は与党政府外議員として最大の試練が天から降ってきました。まさに訓政期(政治を訓練する時期)です。

 そういったなかで、議員秘書出身&松下政経塾の橘さんは、どうしても断り切れないことが多かったようですが、まさに与党議員としてすさまじい経験をしたようです。同行した宮崎岳志さんも、小説を何冊か出版している感性の強い人で、上毛新聞県警記者クラブキャップの経験もありますが、これは経済事犯のシフトだったようで、そんなに修羅場を見ているタイプの人でありません。橘さんも、宮崎さんも対抗馬は閣僚経験者で、厳しいたたかいが予想されます。地元のためには、役立っていないかもしれないけど、インターネットが発達した時代ですから、2011年の「3・11」以降は、橘さんや宮崎さんのこういう選挙区外での活動ということもしっかり評価することが訓政期(政治を鍛える時期)にある日本国民に必要だと思います。

 少ない資源を最大限活用して、身の丈にあった生活と美しい自然が共生する日本をつくるために。二大政党の切磋琢磨による政治の復興が日本の復興に求められます。その責任者はすべて有権者です。

[橘秀徳さんのブログから全文引用はじめ]

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2011-03-22 09:17:00

救援物資を積んで宮城に行って参りました

テーマ:ブログ

おはようございます。
たちばな秀徳です。

国会内対策本部を出て、救援物資を積んで、宮城に向かいました。
情報を本部で受けていて、一番混乱と錯綜が激しい地域です。
現地現場がどうなっていて、何が必要か、見て参りました。

福島県に入ってから、道路がデコボコですが、
トラックは順調に走ることができました。
無事に仙台まで辿り着くことが出来ました。

現地では車中泊の予定でしたが運良くホテル泊に。
ガスが使えないためで水シャワーで頭洗いました。
余りに冷たく、頭痛がします。

車中で長島昭久代議士からSOS情報を受け、対策本部へすぐに連絡し、
対応していただきました。
24時間体制で対応が続いています。

宮城県災害対策本部と政府現地対策本部を訪問。
普段仕事をしている国会内幹事長室から、
行田邦子副幹事長作成文書がきちんと届いていました。
県警から必要な情報を得て、早々に辞しました。

仙台市宮城野区では、生活物資を求める人々の行列、ガソリンを求める数kmの車の行列。
皆さん、行儀良く整然と並んでいます。
そこへ、ちょうどタンクローリーが到着しました。
本当に良かったです。

翌日は石巻市へ向かいました。
津波被害の跡でドラゴンボールの子ども鞄、子ども達の写真を見つけ、
涙が止まらなくなりました。
昨日、久々に帰った自宅で我が子達とちょうどドラゴンボールを一緒に見たばかりでした。
災害対策本部の副市長に鞄と写真を託しました。

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世帯の7割が壊滅した南三陸町。筆舌に尽くし難い状況です。

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被災地で、首長さん達や、市民の方々から、
たくさんのご要望、ご意見、政策提言、思いをいただきました。

東京に戻り、宮城県被災地 現地視察調査の報告をまとめました。
百聞は一見に如かず。
自身ひどくショックを受けました。

国会の幹事長室で情報を受けていた際に思いもよらなかった現実が現地にはありました。


たちばな秀徳

[橘秀徳さんのブログから全文引用おわり]