ベトナム戦争!? そうアメリカの権威が音を立てて崩れ始めるきっかけとなったあのベトナム戦争である。私たちは主としてアメリカの側からのベトナム戦争しか伝えられてこなかった。ベトナム人にインタビューしながら、ベトナムの側から見たベトナム戦争を追いかける講師の話を聞いた。
北大公開講座「記憶の中のユーラシア」はその後も計画されたように進んでいる。一昨日までに5回の講座を終えた。今日から3回にわたって、その後の講座の様子についてレポートする。
第3回目は5月19日(月)、東京外国語大学の今井昭夫教授が「ベトナム人から見たベトナム戦争の記憶」と題して講義された。
今井氏はその専門を生かして、ここ10年間ほどベトナム人にベトナム語で聞き取り調査を繰り返しながら、これまでのベトナム戦争観とは違った角度からベトナム戦争を観てみようと試みているということだ。

※ 講義をする今井東京外国語大学教授です。
今井氏は言う。これまでのベトナム戦争は、西側の報道、芸術作品。学術研究を通して私たち日本人のベトナム戦争観は形成されてきたと…。それは当時の東西冷戦下において、代理戦争的様相を呈していたところに、アメリカが直接介入していったとする考え方が主流を占めていたという。
ところが今井氏が聞き取り調査を進めていく中で、その実相は必ずしもそうではなかったのではないかという疑念が生じてきたと今井氏は言う。
というのも、西側は東側の意を汲む「南ベトナム解放民族戦線」が当面の敵とみなしていたが、聞き取りを進めるうちに実態ははそうではないことが次第に明らかになってきたという。
それは「南ベトナム解放民族戦線」の位置付けが、北側では「ベトナム解放軍」の指揮下に置かれていたという事実が聞き取りから判明したことだった。さらに「ベトナム解放軍」は「南部中央局」、その上部に「ベトナム労働党」が全体を統括する体制だったという。
このことから、今井氏はベトナム戦争の実相は「北ベトナム労働党」が南進を図った戦争だったのではないか、と類推したという。ただ、現時点においてその考えは「研究者間での支持はあまり得られていない」と自虐的に言われた。
しかし、今井氏はこれからもベトナムに出向いて、サイゴン政府軍兵士、女性や少数民族、ムラ社会の人たちに聞き取り調査を進め、ベトナム戦争の実相をより克明に明らかにしたいと語った。
はたして本当の実相が明らかになる日は何時なのだろうか? はたして実相が明らかになる日は来るのだろうか?
北大公開講座「記憶の中のユーラシア」はその後も計画されたように進んでいる。一昨日までに5回の講座を終えた。今日から3回にわたって、その後の講座の様子についてレポートする。
第3回目は5月19日(月)、東京外国語大学の今井昭夫教授が「ベトナム人から見たベトナム戦争の記憶」と題して講義された。
今井氏はその専門を生かして、ここ10年間ほどベトナム人にベトナム語で聞き取り調査を繰り返しながら、これまでのベトナム戦争観とは違った角度からベトナム戦争を観てみようと試みているということだ。

※ 講義をする今井東京外国語大学教授です。
今井氏は言う。これまでのベトナム戦争は、西側の報道、芸術作品。学術研究を通して私たち日本人のベトナム戦争観は形成されてきたと…。それは当時の東西冷戦下において、代理戦争的様相を呈していたところに、アメリカが直接介入していったとする考え方が主流を占めていたという。
ところが今井氏が聞き取り調査を進めていく中で、その実相は必ずしもそうではなかったのではないかという疑念が生じてきたと今井氏は言う。
というのも、西側は東側の意を汲む「南ベトナム解放民族戦線」が当面の敵とみなしていたが、聞き取りを進めるうちに実態ははそうではないことが次第に明らかになってきたという。
それは「南ベトナム解放民族戦線」の位置付けが、北側では「ベトナム解放軍」の指揮下に置かれていたという事実が聞き取りから判明したことだった。さらに「ベトナム解放軍」は「南部中央局」、その上部に「ベトナム労働党」が全体を統括する体制だったという。
このことから、今井氏はベトナム戦争の実相は「北ベトナム労働党」が南進を図った戦争だったのではないか、と類推したという。ただ、現時点においてその考えは「研究者間での支持はあまり得られていない」と自虐的に言われた。
しかし、今井氏はこれからもベトナムに出向いて、サイゴン政府軍兵士、女性や少数民族、ムラ社会の人たちに聞き取り調査を進め、ベトナム戦争の実相をより克明に明らかにしたいと語った。
はたして本当の実相が明らかになる日は何時なのだろうか? はたして実相が明らかになる日は来るのだろうか?