田舎おじさん 札幌を見る!観る!視る!

私の札幌生活も17年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

札幌麺紀行 69 きしめん専門店「きじ屋」

2009-01-11 17:53:53 | 札幌麺紀行 & グルメ紀行
 昨日に続いてレポートを忘れていたもう一店、「きじ屋」をレポートします。

 薄く幅広のきしめんがタレをよく染み込み、既存の麺とは違う食感を楽しみました。

 きしめん専門店「きじ屋」は、JR桑園駅構内に入っている飲食店の中の一店です。
 けっしてきれいに整った店内とは言い難い庶民的な感じを抱かせますが、店に入ると不定形の大きなテーブルがあり、そこがカウンターになっていて一人客用の席のようです。(店の奥に小上がりがあります)
        

 きしめんといってもメニューは数多くありましたが、私は迷わずこの店の看板メニューであるきつね(700円)を頼みました。
 きしめんはご存じのとおり名古屋名産の平たい麺のことです。形状の厳密な規程はないようですが、名古屋きしめんを名乗る場合は、幅4.5㎜、厚さ2㎜という規程があるようです。このことからもきしめんの形状は分かっていただけると思います。
        

 このきしめんに関西風の薄口のタレがよく合っています。
 ラーメンなどの濃い味つけに慣れている私でも、きしめんにタレがよく染み込んだ薄口がむしろ心地良く喉を通ります。
 トッピンされた甘辛い油揚げも花カツオも非常にマッチしていて、美味しくいただけたきしめんでした。

きしめん専門店「きじ屋」 データー
札幌市中央区北10条西15丁目JR桑園駅高架下(西側)<地図>
電話    011-615-6661
営業時間  11:00~14:00  15:00~23:00
      (土日祝 11:00~15:00)
定休日   不定
駐車場   1台
座席    38席(テーブル・小上がり)
入店日   ‘08/07/27


【旅は始まった №1】
 旅することにしました。
 といっても実際に旅するのは一ヶ月以上後のことです。
 私は以前から、旅することを決めた時点から旅の楽しみは始まっていると思っています。
 旅程は? 交通機関は? 宿泊は? 諸準備は? そして旅する先についての知識を得ること、等々・・・。
 そうしたことを考えたり、準備すること自体が旅する楽しみだと思っています。
 これから旅自体を実現するまでの準備の状況をできるだけ報告していこうと思います。

札幌麺紀行 68 蕎麦の「関谷」

2009-01-10 16:49:31 | 札幌麺紀行 & グルメ紀行
 正月休みに麺紀行のことを整理していたところ7月に訪れた二つの店のことが投稿されていないことが判明しました。
 幸い、訪れた日付が手帳に記されており、写真も残っていたので、遅らばせながら本日と明日の2回にわたって、いささか古い麺紀行をレポートします。

 そば粉の自家栽培からはじまり、玄そばを自分で石臼で挽くなど、徹底してこだわりをもって提供されたセイロは、そのこだわりが伝わってくるような味でした。

 この日は夏らしく晴れ渡った日だったので、以前から行きたいと思っていた「石山緑地」を見学したその足で藤野方面までドライブして、手打ち蕎麦の「関谷(せきや)を訪れました。
 札幌の郊外藤野に店を構える「関谷」は、ごく普通の田舎の食堂といった店内ですが、店主は相当のこだわりをもった方のようです。
        

 資料によるとそば粉100%の生粉打ちにこだわり、粉は自家農園で栽培した玄そばを打つ前日に石臼で挽くという凝りようです。
 またそばの製法も「手こね」「手延ばし」「手打ち」の「三手」
 提供する蕎麦は「挽きたて」「打ちたて」「茹でたて」の「三たて」
を意識して提供しているということだそうです。
(店内外にもそうした表示が見られました)

 私の注文は、この当時こだわっていたセイロ(840円)にしました。
 看板に偽りなしとはこういうことかな、と思いましたが、なるほど生粉打ちの旨みが伝わってくる麺です。100%のそば粉というと、喉が通りづらいという印象があるのですが、そうしたこともありません。店主の工夫が秘められているのでしょう。
        

 セイロの840円はけっこう強気の価格設定だと思いますが、店はけっこう繁盛しているようで、こだわり親爺にはかなりのファンが付いているとみました。

「関谷(せきや)」 データー
札幌市南区藤野3条9丁目1-5(地図)
電話    011-591-9442
営業時間  11:00~売り切れ次第閉店
定休日   第1・第3月曜日
駐車場   7台
座席    30席(テーブル・小上がり)
入店日   ‘08/07/26


(余話)
 激しく雪の降る中、今シーズン初めてクロカンのスキーをやってきました。
 およそ3キロも滑った(歩いた?)でしょうか。もうへろへろでした。
 老体の上、運動不足ですから無理もありません。
 こんな状態で明後日(12日)今シーズン初の大会に参加するのです。大丈夫でしょうかねぇ。
 もっとも距離は最短の5キロですから、なんとかなるのではと思ってはいるのですが…。

さっぽろ漫画人協会忘年展

2009-01-09 16:21:09 | 札幌(圏)探訪
 時の権力者は庶民の風刺の対象となりやすいもの・・・。それにしても麻生首相はまんがを描く人たちからは人気がありすぎるんじゃないだろうか?
 
 さっしんギャラリー(中央区南3西2 地図)では、一年間の話題を漫画で振り返る「さっぽろ漫画人協会忘年展」が年末に開催されていました。
 こちらは漫画を趣味とする会員14人の作品68点が展示されていました。
 一コマ漫画は風刺とユーモアに溢れ、思わずニヤッとするような作品が数多くありましたが、目立ったのは麻生首相を題材としたものでした。あれだけ国民から不人気だと題材にも事欠かないということでしょうか?
 作品のいくつかを紹介します。(写真の一部が光っているのは作品がプラケースに入っていたため、照明が反射したためです)

             
 この作品は見て分かるとおり麻生首相ですね。口の曲がり具合、片手に漫画本と皮肉(?)たっぷりの一枚です。


             
 崖っぷちの横綱朝青龍を、横綱白鵬と新大関日馬富士が崖下に落とそうとしている図です。現在の勢力図を端的に表していますね。初場所が興味深いです。


             
 次々と迷言を吐いては顰蹙をかっている麻生首相ですが、ついには唇が本人を離れ暴走をはじめたという図ですね。


             
 間もなく就任するオバマ大統領にアメリカ国民の期待は大きく膨らむのに対し、我が日本の麻生首相に対する期待は萎むばかりという「ざぶとん三枚!」の傑作です。

 庶民が時の権力者をユーモアで皮肉り、それを見て庶民もまた笑うという構図は世の中が健全な証拠だということでしょうか?



(余話)
 今朝出勤するとき感じたのですが、朝の陽の光に力強さのようなものが戻ってきたように思いました。明らかに12月頃の太陽とは違うように感じたのですが、気のせいでしょうか?
 まだまだ冬は続きますが、はるか遠~くでは春の準備が始まったのかな?と思えた今朝の太陽の光でした。
 

まんが家の仕事展

2009-01-08 19:25:36 | 札幌(圏)探訪
 麺、麺、麺と三日間も続くと少々食傷気味ではとも思いますので、口直しに趣向を変えてみたいと思います。といっても、話題は昨年末のものです。ご容赦ください。

 札幌においてこれほどたくさんのプロの漫画家が活躍しているとは知りませんでした。目から鱗の思いでした。

 道新ギャラリー(中央区大通西3丁目 地図)では、札幌在住のプロの漫画家6人の原画を展示する「まんが家の仕事展」が開催されていました。
 札幌で漫画を描くことを生業としている人がいるという認識のなかった私には興味のある展示会でした。
 私は漫画家というとストーリー漫画をイメージしていたようですが、展示会を見て今や漫画はいろいろなシチュエーションに進出していることを知らされました。
 新聞の挿絵、企業パンフレット、各種のPR誌、などなど道内で発行されるさまざまな媒体に漫画が登場しています。そうしたところでプロの漫画家が活躍しているということを認識させられました。
 
 それでは6人の漫画家の代表的な作品を一つずつ写真で紹介します。
(氏名の後の言葉は作者が作品に付けた題名です)

◇石川 寿彦 氏 ~ 次から次と代わり映えしないのが~
        
        ※ 安倍さん、福田さん、そして麻生さんの顔が見えています。
          それにしても強烈なタイトル名です。

◇吉岡   彰 氏 ~ 橋の風物詩(帯広土木現業所制作)
        
        ※ 吉岡氏は官公庁の仕事が多いようです。この絵もどこ
          かで目にした覚えがあります。

◇三倉 海楓 氏 ~ 「関節王」より
        
        ※ 三倉氏は6人の中では唯一ストーリー漫画だけを描いて
          ようです。

◇いがらしなおみ 氏 ~ さよならエレキテル
        
        ※ いがらし氏は男性の漫画家です。多彩なジャンルの
          絵を描いているようです。

◇ながせ義孝 氏 ~ 浦河町大黒座(道新おふたいむ掲載)
        
        ※ ながせ氏の絵は多くの方が目にしていることでしょう。
          道新夕刊のオフタイムの絵を長く担当していました。

◇森   雅之 氏 ~ おうい雲よ
        
        ※ メルヘンチックな森氏の絵も、私たちはどこかで目にし
          ているはずです。

 こうして並べてみると、やはりアマチュアとはどこか違います。最も大きな違いは、絵がしっかり描けていることです。
 あたりまえと言えばあたりまえの話ですが、しっかりした絵が描けた上で、それぞれ個性的に描けることがプロフェッショナルということでしょうかね。


(余話)
 昨日、ある研修会に参加しインターネットやケータイの世界のリスクについてのお話をうかがいました。
 新聞記事などで中高生や若者がネットやケータイでさまざまな被害に遭っていることは知っていましたが、その実態についてはほとんど無知でした。
 お話をうかがい、私の知らない世界がたくさんあることを知りました。可能性が無限に広がるネットの世界ですが、それと比例するようにそれ悪用する世界も広がっているんですね。(お~、怖っ!)
 私もネットを利用している端くれとして、その利便性だけでなく、リスク面もしっかり把握して利用すべきだと改めて感じました。


札幌麺紀行 67 「天坊」

2009-01-07 16:46:20 | 札幌麺紀行 & グルメ紀行
 極上のスープに野菜たっぷりのタンメンは、誠実そうな主人の心のこもったとても美味しい一杯でした!

 「天坊」は札幌市民の台所「二条市場」の近くに写真でご覧のようなおしゃれな外観で迎えてくれました。
 店内はそれほど広くはなく、若い主人ご夫妻で切り盛りしているようでした。
 メニューを拝見すると、ラーメン店ではなく中華の軽食堂といった感じで、中華料理と共にラーメンなどの麺も提供するといった感じのお店でした。
        

 この店の一押し麺は「広東麺」のようでしたが、以前に食した「福留」という中華の店と比べてみたいと思い、「タンメン」(650円)にしました。
 手際よく調理する若い主人は言葉少なでシャイのような印象を受けましたが、先客がいなかったこともあり積極的に話しかけました。
 「最近、東地区は元気があるそうですね」「ええ、まあけっこう賑やかになってきました」
 「近くにマンションがどんどん建って、こうした店にとっては嬉しいことですね」「会社が増えるといいんですけどね(社員が昼食を摂りに来る)」
 こんなやりとりをしているうちに「タンメン」が出来上がってきました。
        

 肉や野菜がたっぷりと載っかっています。
 スープを一口。「う~ん。これは旨い!」塩味のスープの旨さが口の中に広がります。
 そして麺。これが凄く細いのです! 以前釧路で食したラーメン並の細さです。
 私「どうして細麺を使うのですか?」主人「塩には細麺が合うんですよ」確かにあっさり味の塩には細麺が似合っているのかも知れません。私もその細さを楽しみました。
 ただ常連客の中には好まぬ方もいて、希望によっては普通麺でも提供しているとのこと。

 カウンターから伺う主人の華麗な鍋さばきと、確かな味はお勧めです。
 もう一度訪れてみたい店の一店であることは間違いありません。

「天坊(てんぼう)」 データー
札幌市中央区南2条東2丁目1-1 エクセレントハウス1F(地図)
電話    011-221-8605
営業時間  11:00~15:00 18:00~22:00
定休日   日曜日・祝日の月曜日
駐車場   無
座席    15席(カウンター・テーブル)
入店日   ‘08/12/20

(余話)
 今週の月曜日、5日の仕事始めの日のことですが、STV近くの交差点を渡っていたときのことでした。向かい側からSTVの木村洋二アナウンサーが社員の女性と二人で歩いてきました。
 すれ違うときに、木村アナがあの甲高い声で女性に話しかけているのが聞こえてきました。「谷口は(谷口祐子アナを指していると思われる)どうして忘年会に出なかったんだ?」と話しかけていました。
 テレビでひょうきんな面を見せている木村アナですが、その場面ではいかにも上司という感じを見せていたところが面白く思いました。
いつもひょうきんではいられませんものねぇ~。

札幌麺紀行 66 手打ちそば処「正覚庵」

2009-01-06 16:29:17 | 札幌麺紀行 & グルメ紀行
 極細麺がめんつゆによく絡まり、麺とめんつゆのハーモニーを楽しむことのできた「たぬきとじ」でした。

 「正覚庵」は私の事務所から意外に近く、北大植物園のすぐ近くのマンションの1階にありました。
 近くはマンション街で事務所などはあまり見当たらないのですが、昼時とあってサラリーマン風の客で賑わっていました。
 店外の様子も特には目立たない地味な印象です。店内も特に凝った造りではなく、ごく普通の街中の蕎麦屋さんという感じでした。
        

 注文は少し迷ったのですが、寒風にさらされたこともあり温かいそばの「たぬきとじそば」(650円)としました。
 出てきたそばは、たまごでとじられ中が見えませんでしたが、箸で麺をつまみ上げるとこれが細い!のです。今までの蕎麦店の中で最も細い麺だったように思います。
 細麺の場合は、麺にめんつゆがよく絡まり太麺とは違った味わいを楽しめます。
 しかし極細麺の宿命だろうか、どうしても麺が切れやすくなる点があります。温かいそばではそれが顕著になるようです。
 めんつゆはどちらかというと薄めで、よくダシが効いて美味しい味でした。
        

 極細麺の場合は、その繊細さを味わうためにも冷たいそばがよりその良さを味わえるのかもしれません。今度はそうしましょ。

手打ちそば処「正覚庵(しょうがくあん)」 データー
札幌市中央区北3条西12丁目 札幌パークマンション1F(地図)
電話    011-272-6555
営業時間  11:30~15:00
定休日   日曜日・祝日
駐車場   無
座席    26席(カウンター・テーブル・小上がり)
入店日   ‘08/12/19

(余話)
 勤務先の事務所が入る「かでる2・7」のロビーでは正月明け恒例のカレンダーリサイクル市が今日と明日行われています。
 すごい量のカレンダーが持ち込まれ、その中から好みのカレンダーを見つけようと大勢の市民が押しかけ大盛況のようです。
 私も休み時間を利用して覗いてみましたが、あまりにも混み合っていてゆっくり選ぶことはできませんでした。結局、文字だけの2組のカレンダーを事務所用と私の部屋用に購入しました。〆て200円というお買い得の買い物でした。


札幌麺紀行 65 麺’s BAR「龍」

2009-01-05 18:13:21 | 札幌麺紀行 & グルメ紀行
 今日から勤務が始まったこともあり、ブログの内容も日常ペースに戻して、ストックが溜まっている「札幌麺紀行」をレポートすることにします。

 【札幌麺紀行】とは、イエローページKKが2007年12月に発行した『一日一麺 札幌極旨麺図鑑』に写真付きで掲載されたラーメン店40、そば店22、うどん店12、その他の麺店20の計93店全てを食べ歩いてレポートしようと私自身が企てたものである。しかし、飲食業界の栄枯盛衰は激しく、現在分かっているだけですでに5店が廃業に追い込まれている。したがって実際に私が目標とするのは88店である。


 店の主人とラーメン談義をしながら、主人こだわりの「焦がし醤油ラーメン」に舌鼓を打ってきました。

 この店を訪れるのには苦労しました!
というのも、麺‘s BAR「龍」のデーター欄の営業時間に注目していただくとお分かりのように開店時間が午後6時なのです。しかも、場所が自宅からは遠く離れた澄川なのです。
 しかし、自らに課した「札幌極旨麺図鑑」に記載された93店全店を訪れ食するという(バカバカしい?)課題をクリアするためにはなんとしても訪れなくてはなりません。
 過日、意を決して辺りがすっかり暗くなった午後6時過ぎに地下鉄を乗り継いで訪れました。
        

 店は地下鉄南北線「澄川」駅から歩いて5分ほどの通りに面してありました。
 店は開店直後のために先客はいなく、おかげで店の主人とラーメン談義を交わすことが出来ました。
 この店の一押しは「焦がし味噌ラーメン」なのですが、味噌ラーメンだけでも十分濃厚なのに、その上焦がしが入るとちょっと私には自信がありません。そこで少しは濃厚さが薄まっているのではと「焦がし醤油ラーメン」(800円)にしました。
 
 主人とのラーメン談義ですが、あちこちに話が飛びながらいろいろな話をしました。
◇東京に比べて札幌のラーメンのレベルが高いこと。
◇店には常時10種類のラーメンを用意しているが、常連客に飽きられないように常時メニューの新開発に努めていること。
◇ラーメン業界の生存競争が非常に激しいこと。
◇スープづくりいかにこだわっているかということ。等々・・・。
        

 出てきた「焦がし醤油ラーメン」は、その名の通り濃い焦げ茶色のスープで、味噌ではなくとも十分に濃厚そうです。主人が「見た目ほどではないよ」と言いながら出してくれましたが、なるほど喉越しは意外にスッキリしていました。
 スープにはニンニクの香りが漂います。それもそのはず、焦がしたニンニクを細切れにしたものがトッピングされています。チャーシューも焦がして香ばしさを演出しています。
 主人と背脂の話になりました。すると、この店では背脂とラードをフードプロセッサーでクリーム状にした上でスープに溶かし込んでいるとのこと。そのため、背脂が客の目には見えないけれどコクと甘みはしっかり出しているとのことでした。
        
        ※ 「うちは10種類ものラーメンを提供しているんだ」と主人
          が自慢していたメニューが店の外に張り出してあります。                

 店は毎夜9時を過ぎた頃から混み始めるそうです。
 私のようなオヤジには縁遠い店ですが、きっと若者には大受けの店なのでしょう。
 美味しい店だけに、時には昼間の営業をしてほしいと思った店でした。

麺‘s BAR「龍」 データー
札幌市南区澄川3条3丁目3-1 3-3ビル1F(地図)
電話    011-812-8663
営業時間  18:00~2:00 金・土 ~3:00
休日    日曜日・祝日
駐車場   5台
座席    9席(カウンター)
入店日   ‘08/12/13

初笑い

2009-01-04 22:05:16 | ステージ & エンターテイメント
 年末年始の9連休の最後の日の今日、平成開進亭に出かけ初笑いを楽しんできました!

 平成開進亭はご存知のように札幌を根拠地とする桂枝光師匠が主宰する落語会です。
 これまで正月休みの開催が難しかったそうですが、(会場となる公共施設が正月休みとなるため)今年初めて正月気分がまだ抜けない4日に開くことができたとのことでした。

 会場の札幌エルプラザ(地図)の座席約250席が満席となる盛況の中、ゲストには大阪から笑福亭学光師匠を迎え、おおいに笑わせてもらいました。
        
        ※ 会場満席となったエルプラザの舞台です。        

 演目は次のとおりです。

  初 天 神      桂 枝光
  漫   才      ブーメラン学園
  お楽しみ       笑福亭 学光
  悋気の独楽      桂 枝光
      ~ 中 入 り ~
  人形落語       笑福亭 学光
  骨 つ り      桂 枝光

 枝光師匠はいつものとおり、若さいっぱい(といってももうベテランの域ですが)、元気いっぱい、笑顔いっぱいで三話を精力的にこなしました。三話とも楽しませてくれましたが、私は「悋気の独楽」という女性の焼きもちを扱った話が枝光師匠の良さが最も現れていたように思いました。
        
        ※ 枝光師匠の舞台なのですが、落語の場合は舞台の
          照明のためにいつもこうした写真にしかなりません。

 笑福亭学光師匠は枝光師匠とは持ち味の違うどこかとぼけた味が絶妙で、二話のうちの一話は腹話術の使って楽しませてくれました。
        
        ※ 学光師匠が人形を小脇に抱えて腹話術で小話を
          披露してくれました。

 平成開進亭…、これからも市内で定期的に開催されていくようですので、時々笑いをいただきに通いたいと思っています。

(余話)
 今日は初笑いとともに、初麺紀行も行いました。(レポートは後日)
 長いと思っていた9連休も終わり、明日から勤務が再開です。
 気持ちも新たにまた仕事にも励みたいと思っています。

2000年1月1日の記憶

2009-01-03 17:14:18 | その他
 正月らしい話題第3弾として、私にとって忘れられない正月を過ごした2000年の思い出を振り返ってみることにします。(この話題は2年前にも一度取り上げたのですが…)
 2000年1月1日、私は息子と二人でギリシアのアテネにいました。
 それは週刊「ポスト」誌が「あなたはミレニアムの2000年1月1日、誰と、どこで、何を目撃したいですか?」という「2000年の目撃者」特派記者募集という懸賞論文に入選し、ギリシアに派遣されたのでした。
 その時の応募文は次のような短い一文でした。

 息子とアクロポリスの丘で新年を迎えたい 
 1969年1月1日、私はアテネのアクロポリスの丘に聳え立つパルテノン神殿の前に立っていた。その姿は圧倒的な存在感をもって私に迫ってきた。
 前年の6月1日、横浜を発った私は、ヨーロッパ各地を彷徨し、ギリシアに入っていたのであった。
 当時、私は北海道の教育大学に在学する教師の卵であった。テレビに映るフレームの外の世界をこの眼で見てみたいと、大学を休学し、ヨーロッパに旅立ったのである。
 あれから30年、私は北海道の片田舎の教師として子どもたちに私の体験を語り継いでいる。そして今、私の息子が同じ教育大学に在学し、当時の私と同じ年齢になっている。 
 2000年の1月1日という記念すべき日に、悠久の時を刻み続けるアクロポリスの丘に息子と二人腰掛け、人類の来し方を思い、未来を語ってみたい衝動に駆られたのである。 

 この応募文は400字以内にまとめるという制限があったのですが、私としては案外うまくまとめることができたかな、と思いながら応募したものでした。
 応募したことも忘れかけていた半年後くらいに「応募文が選ばれ、派遣が決定しました」との連絡を受けました。
 そして週刊「ポスト」誌の記者とともにギリシアで正月を挟んで一週間を過ごし、そこでの体験をレポートしたのです。そのレポート記事が週刊「ポスト」誌の2月17日号に掲載されました。
 その時の文章が下に紹介する記事です。(文章はほとんど直されませんでしたが、題名は編集部が付けました)

        
        ※ アクロポリスの丘に聳えるパルテノン神殿        

 30年前と同じ姿で私を迎えてくれた 
         パルテノン神殿が戦火に遭わぬことを祈る
 その瞬間、アクロポリスの丘は、鮮やかな光と音が交錯する中、激しく華やかに花火が打ち上げられ、それを見上げる数十万の群衆の歓声に包まれていた。
 アクロポリスの丘を取り囲むようにして走る広いディオニシウ・アレオパギトゥ通りはアテネっ子で身動きできぬほどの混雑であった。私と息子はその群衆の真っ只中で2000年1月1日を迎えたのだった。
 翻ること31年前。1969年1月1日、私はギリシアのアテネにいた。
 当時、北海道の教育大学の学生だった私は、前年の6月、大学を休学し、ヨーロッパ彷徨の旅に出て、ギリシアに辿り着いていたのだった。
 そこで私はアテネの象徴であるパルテノン神殿に出会い、その圧倒的な存在感にいたく衝撃を受けたのだ。
 そのパルテノン神殿が建つアクロポリスの丘に再び立ってみたい。しかも、当時の私と同年齢になり、同じ教育大学に学ぶ息子と二人で…。

 願いは叶い、私と息子はアテネの地に立った。
 しかし、30年という月日は、私の中に微かに残るアテネの残像を消し去るのに十分の月日だったようだ。
 あの素朴さはどこに行ったのか・・・。
 あの猥雑さはどこに行ったのか・・・。
 どこかに田舎の匂いは残るものの、アテネは見事に変身を遂げ、近代都市の装いをほどこしていた。
 無理もない話だ。この30年は、歴史上でも人類が最も文明的に進化・発展した時代だったのだから・・・。
 そうした中で、パルテノン神殿だけは、30年前の私の記憶と変わらぬ姿でそこに建っていた。
 私と息子は、入場解禁となった1月4日、パルテノン神殿の前に立った。
 ドリア式の円柱が林立する様に接した時、改めて先人の偉大さに感嘆する思いだった。
 一方、円柱の側にころがる大理石のかけらが目に付いた。
 1687年、トルコ支配時代に戦争によって破壊された痕跡であるという。
 思えば世界的な歴史遺産に限らず、人間の造営物が戦争という愚かな行為によって、どれだけ破壊され、傷つけられたことか・・・。
 願わくば、2000年代は戦争などという言葉がこの世から消え、パルテノン神殿をはじめとする世界の歴史遺産が永久に存在し続けることを祈りたい。

 今回の旅はまた、私にほろ苦い思いも提供してくれた。
 30年前の私は、いささかの気概と気負いを抱きながらヨーロッパに旅立ち、少ない金を工面しながら彷徨を重ね、ギリシアに辿り着いた。私の中には、旅に対する格別の思いがあった。
 それに対して、息子のそれは観光旅行的な範疇から外れるものではなかった。父親の気負いと、彼の気持ちはすれ違うばかりであった。
 無理のないことかもしれない。育った時代も違えば、状況も違う。父親の思いを受け止めろ、という方が無理な注文だったのかもしれない・・・。
 30年という時間はまた、日本における世代間の価値の相違を映す旅でもあった・・・。


 ミレニアムということだったからでしょうか、アテネ市内はすごい人ごみで混雑し、特に花火が打ち上げられたアクロポリスの丘付近は身動きできぬほどの混雑ぶりでした。
 ホテルに戻ってテレビを見ると、世界各地でミレニアムの新年を祝う光景がリレーで映し出されていました。古くから西洋歴だった国々にとっては私たちが考える以上に重要な年だったようです。

 文中にもありますが、私たちがアクロポリスの丘に入ることができたのは1月4日でした。それは、私にとって30年ぶりに再訪できた喜びに浸ることができた瞬間でもありました。
 私が2000年の正月に抱いた願いは、あれから9年の月日を経てどうなっただろうか? 私にはその時よりもっと危うい淵を彷徨っているように思えてなりません。
 私たち人類の安全という最高・最大の価値を追い求めることに人類の叡智を結集してほしいと願った2009年のお正月でした。

門 松

2009-01-02 16:04:19 | その他

 本日のレポートは労力と時間を費やした(金は使っていない)渾身のレポートです。
 と言っても、ただ拙い写真を羅列するだけなのですが・・・。
 お正月気分をあまり感じない街の表情と昨日伝えましたが、それでもせめてものお正月の表情を探そうと、中心街を歩き回りお正月の象徴でもある門松を探してきました。

【公共施設編】
 公共施設として回った箇所は、北海道庁、札幌市役所、北海道警察本部、日本銀行札幌支店、札幌高等裁判所などです。
 しかし、意外なことにこうした公共施設ではほとんど正月らしい装いを感じられませんでした。この中で唯一、日本銀行札幌支店の正面玄関にしめ飾りが飾られていたのみでした。
 公共施設としては、北海道庁赤レンガ庁舎前と札幌中央郵便局に門松がありました。
        
     ※ 道庁赤レンガ庁舎前だけはなぜか門松が飾られていたんですよねぇ…。

        
        ※ 中央郵便局の門松は最も大きなものでしたが、何年も使い回して
          る代物のようで、もはや縁起物でもなんでもなく完全にディスプレー
          化したものでした。

【ホテル編】
 さすがにホテルは客商売ということでしょうか。回ることのできた各ホテルの玄関前にはいずれも門松が飾られてありました。
        
      ※ ホテルロイトンの横玄関の門松です。(正面にももちろんありました)

        
        ※ 札幌グランドホテル正面の門松です。

        
        ※ 京王プラザホテルの門松です。
 
        
        ※ 全日空ホテルの門松です。

【デパート編】
 デパートもホテルと同様、お客さん相手の商売ですから、訪れた三つのデパートとも大きな門松を飾ってありました。
        
        ※ 大丸デパートの門松です。

        
        ※ 丸井今井デパートの門松です。

        
        ※ 三越デパートライオン前の門松です。

【放送局編】
 放送局で門松を設えていたのは、UHB(北海道文化放送)とSTV(札幌テレビ放送)でした。HBC(北海道放送)はしめ飾りだけ、NHKの玄関前はいつもと何も変わりない様子でした。
        
        ※ UHB(北海道文化放送)の門松です。

        
        ※ STV(札幌テレビ放送)の門松です。

 さて、公共施設のほとんどが何の変哲もない新年を迎えているのは何故なのでしょう?
 門松の意味は来臨する歳神がよりつく代物として古来から伝えられているもののようで、神事の意味合いがあるために公共的な施設ではそうしたことに関わりを持たないということなのでしょうか?
 だとしたら少し寂しいような気がします。
 新しい年を祝うために日本の古来から伝えられている様式を公の施設こそが積極的に表すことが必要なのでは、と私は思うのですが…。
 そして「みなさまのNHK」までがそれに右倣えしているのでしょうか?
        
        ※ 何の変哲もない北海道庁舎前です。

        
        ※ 同じく変哲のない札幌市役所前です。

        
        ※ 「みなさまのNHK」前もいつもと何も変わっていませんでした。

 街中には大きな福袋を抱えた人たちが目立ち、そこだけはお正月気分が溢れていたようでした…。
        
        ※ 日本銀行北海道支店だけは玄関前にこうしたしめ飾り
          が飾ってありました。

 市内を歩き回りいささか疲れましたが、私としては気合の入ったレポートをお届けできたと自己満足しています。