すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

ICTの要はCにある

2014年02月13日 | 読書
 「2014読了」18冊目 ★★★

 『授業名人が語るICT活用』(愛される学校づくり研究会 プラネクサス)


 一昨年のフォーラムの記録をまとめた書籍である。なぜか今まで見逃していたようで、さっそく京都大会の受付で購入し、帰路で読み進めた。

 プロローグで玉置崇先生は「永遠に語り継がれるフォーラムになりました」と書かれてある。掛け値なしに私もそう思う。

 それは一言で言えば、名だたる授業名人が、提案されたICT活用授業を批評することによって、授業の本質を見事に語った場であったと振り返ることができる。

 その場に立ち会えたことは非常に幸せなことだった。
 今、改めて、活字になった名人の言葉に触れて、深く頷いたことや笑いがでるほど納得したことなどよみがえってくるようだ。

 いくつか引用してみる。


 あのように教師が図形を動かしてしまうのは、子どもの言葉で授業をつくることになりませんよ(志水廣先生)


 「あら、おもしろい。でも先生は教えてくれない。何だろう」ということから、子どもたちが「学びたい。調べたい。追究したい」ということに転化するのが授業です。(有田和正先生)


 想像というのは隠すことに意味があります。見せすぎると、想像力をやせさせることになる(野口芳宏先生)


 こうした珠玉の言葉に、生で出会え、また文字で出会えることは幸せなことだ。今後の授業づくりのための糧になるだろう。

 この書籍が素晴らしいのは、そうした名人の語りだけではない。

 このフォーラムの発端や、開催に至るまでの経過、そして当日をはさんで集約と後日談等々、しっかりと整理されていることが一つある。

 そして、全編を通して、執筆している(また関わりあった)方々が、自分の言葉として咀嚼して書いていることに、深く広い学びが見てとれる。それが単なる研究会記録とは一線を画している。

 野口芳宏先生の著名な言葉として、「経験は意図的に積み重ね,そこに整理を加えなければ,真の力にはならない」がある。
 それを具現化した書籍と言っていいだろう。


 授業とはコミュニケーションの一種である。
 そう考えると、ICT活用の中心は、あくまでCであり、IもTもそれに従属しているだけなのである。