すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

目と耳と手のよい本に酔う

2015年09月06日 | 読書
 【2015読了】87冊目 ★★★★
 『人質の朗読会』(小川洋子  中公文庫)


 発想に酔う。中南米だろうか反政府ゲリラのテロがあり、その人質となった日本人8名。数か月後の強行突入により犯人グループは全員射殺されたが、人質全員が爆破によって死亡する。しかし秘かに取り付けられた盗聴器によって、人質たちがそれぞれに書いた話を朗読した声が残っていた。それを公開する設定だ。


 人質8名の話は、各自が胸にずっとしまい込んでいる記憶がもとになる。一見些細なことを発端に少し奇妙に思える出来事が展開する。個の中に埋め込まれた記憶とは、ある意味、他者からみると「不思議」な部分を抱えるかもしれない。それが物語の魅力…すうっと入っていく。兵士が話者となった9編目も秀逸だ。



 文体に酔う。「自分の中にしまいこまれている過去、未来がどうあろうと決してそこなわれない過去だ。それをそっと取り出し、掌で温め、言葉の舟にのせる。その舟が立てる水音に耳を澄ませる。」こんなふうに言葉を操れる作家とは凄い存在だ。表現力というより、観察力や傾聴力や造形力の深さのようなイメージだ。


 「第三夜 B談話室」の中に、こんな一節がある。「とりあえず意味などというものは脇に置いて、彼女の言葉を鼓膜で受け止めていた。」…内容自体が聴きあうことを一つのテーマとしていて、『人質の朗読会』全体のコンセプトにも共通する点を持っている。試しに声に出して読んでみると、文章が一層響くのを感じた。



 感覚に酔う。「第二夜 やまびこバスケット」に、アルファベット形のビスケットを「ZO」と並べる場面がある。登場人物の好きな「象」のことで「そう、名は体を表すだ」と言わせたことに、少し感動してしまった。見聞きしているようで、結局何も反応できない者は、この本を読んで神経を研がなければならない。