すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

目を逸らさず息を止めずに

2015年09月29日 | 読書
 【2015読了】93冊目 ★★★
 『物乞う仏陀』(石井光太  文春文庫)


 本を読むにつれ、我々がふだん子どもたちや家庭を語るときに「多様」などという言葉を使うことが、あまりに無意味、無力であることが思い知らされた。ここで語られている事実については、あまりにも無知だった。著者が訪れた国々の貧しさはある程度わかってはいたが、真相そして深層に驚きを隠せなかった。


 山岳地帯に住む少数民族の暮らしがテレビに映ることがある。貧しく辛くはあるがどこか牧歌的で精神的に満たされた部分も見える…などという受け止め方がいかに部分的いかに皮相的であるか、そんな連想もわいた。ここで語られたのは、人為的に「生産」された障害と、どうしようもない不幸の連鎖なのである。


 自分の知識は、地雷や枯葉剤などによる事故、または先天的障害といった程度であった。または国家として行き届いた体制を取れるだけの国力がない、組織的な支援が必要といった点で留まっていた。肝心なのは、そうした状況が連鎖する、波及することであり、断ち切れない民族の業、深い対立が横たわっていた。


 正直に言えば、文章に沿って想像力を駆使し映像化する通常の感覚にブレーキをかけた。それほど悲惨な実態が描かれている。ただ途中で止めようという気にはならず、その意味で惹き込まれる文章だった。それは著者がまさに体当たりで、慎重に足を運び、目を逸らさず、息を止めず、その場を描こうとしたからだ。


 最終章「インド」で語られるレンタチャイルドの実態はとてつもなく辛い。そして結論は、あまりにこの世界の暗さを訴えている。「告発し糾弾したくとも本当の意味での加害者がいない。見渡す限り、犠牲者しかおらず…」真実を知り「きかなければよかった」と洩らす著者。その地点からの発刊に大きな価値がある。