すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

文字にやどる身体性を

2017年05月12日 | 雑記帳
 そう言えば、自分も昔買ったことがあったと記憶がよみがえった。『ツバキ文具店~鎌倉代書屋物語』第4話で主人公が代筆するために選んだ筆記具は、ガラスペン。…あれは高校生の頃か。しかし、何のためだったか。訳のわからない詞のようなものを書きつけたのだろうか。青いペンだったことしか覚えていない。


 そんな話をするなかで、連れ合いが学校に勤めていた当時に「通信簿の所見欄をワープロで書きたいといった人がいて、校長に叱られていたっけ」という20年以上も前の思い出話を口にした。今となればパソコン処理が普通になってしまい笑い話のようだ。しかし、その所見記入に関しては結構な葛藤があったはずだ。


 個人的な経験では、その前段階に学級通信の手書きからワープロへの変化があった。「文豪ミニ5」を操り始め、自分も徐々に手書きとの「併用」から移行したのだが、完全転換まではいかなかった(一部分に手書きを残す)。「キレイだのも、先生らしさが無くて駄目だ」と、うるさ型の保護者たちの声も心に残った。



 通信はもちろん公的なものだ。しかし条件に差があるにしろ、受けとめる側に「私信」的な要素が感じられれば、心に響くと言ってもよい。『ツバキ文具店~』の主人公は、出す相手や内容によって、筆記具や紙、封筒そして切手まで選ぶ。文章を活字で印刷してもらった場合もあった。「伝える」ための最大限の工夫なのだ。


 個に向ける私信と複数が対象の通信とは根本的な違いがあるし、目的に沿った手法になろう。ただ文章内容だけでなく「文字」の占める重要性にも心を配りたい。連れ合いは、数年前に退職するまで「保健通信」を手書きで出し続けた。アナログ体質(笑)がその理由だが、やはり身体性を示す大切さは仕事の核でもあったのだ。