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そういえば「無」の魅力

2017年05月21日 | 雑記帳
 そういえば「ないないない 恋じゃない」というシブガキ隊の歌があった。「NAI NAI 16」だ。確かサビは「ジタバタするなよ、世紀末がくるぜ。欲しけりゃ今すぐすがりつけ」だったか。あの時欲しがっていたものは何かと思う。ないと否定したのは心情の裏返しで、なぜ手に出来なかったかを考えてみるのも楽しい。


 そういえば「三無主義」という言葉があった。「無気力・無関心・無責任」がその中身だ。それはいわゆる「しらけ世代」と称される層に当てはまり、「三無世代」とも呼ばれたはず。そうです!実はジャスト私の世代。もう一つあった「ムリ・ムダ・ムラ」の三無主義…これは経営効率の話で、この二つは背中合わせだ。



 そういえば北海道新聞で、あの倉本聰が富良野の現在から「国内全体が経済主義に傾く中で、地方都市としての役割を考えなければならない。そのためには、誰も思いつかないような無鉄砲な発想が必要だ」と語っていた。しかし、現国会の様子を見ても、「無鉄砲さ」を縛る予定調和の時代になっていくことは明らかだ。


 そういえば「無鉄砲」はそもそも「無手法」だった。「無点法」という説もある。鉄砲ではなく手法がないことに通ずるのだろう。点法が無いと解釈すれば、明確に定まらないイメージか。そうした意味では確かに誉められたことではない。しかしまた、そこに秘めた起爆力の要素が強く感じられる。「無」には魅力がある。