すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

正月「研究室」訪問

2019年01月19日 | 雑記帳
 久しぶりに「内田樹の研究室」ブログを訪ねたら、1月6日付で三つも論考がアップされていて、目を通してみた。提示されているそれらは、いつもながら的確な認識と絶妙の喩えがあり納得させられた。また、自分の振る舞いについて考えざるを得なかった。有難がるばかりではなく、引き寄せてみることが大切と思う。


 「『貧乏くさい』2019年の年頭に」…偶然だったか、年明けごろに頭の中で植木等の歌声が響いた。「♪銭のない奴あ、俺んとこへ来い。俺もないけど心配するな♪」この歌詞は「そのうちなんとか、なるだろうおっっ」で終わるが、内田が語るように、今そんな心持ちでいられる人はこの国には少ない。そして不安は、伝染し、蔓延している。打開策などないのだ。へたにあるはずと考えれば、甘い口車に乗せられるばかりである。だからこそ、もう一度「雅量」を示せるようにギアチェンジしたい。


 「株式会社化する日本について」…政治家の誰しもが、初めは志を持って行動したに違いない(そうでもない人も居るらしいが)。そのうちに、志の実現を願って、方法論の選択を迫られるようになる。その段階で思考と見極めに私利私欲が入り込むパターンが多いのかな。巧みにそれを見せないようにし、批判をかわしつつ現政権はあるのだけれど、それを「歴史的必然性があった」と内田は見ている。今進行している負の連鎖を意識し、次に何が訪れるか幅を持って予想する、そんなふうに俯瞰して楽しむ余裕を持ちたい。


 「東アジア共同体について」…なるほど。レーダー照射の問題で悪い状態に陥っている日韓関係も、マスコミ報道に振り回されないことが肝心だ。発生当時にかなり冷静な情況把握をしていた方々もいたようなので、感情的、扇動的になりがちなトップは心配だが、希望はある。諸国との共同体を志向していく過程であれば、労働者受け入れ問題もまた別の視点で捉えられるはずだ。壁は
気がする。しかし大局的な見方の一つとして忘れてはいけない。まずこの言葉を多用し一般的にしたい。