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「上からの景色」で見失うこと

2020年02月19日 | 読書
 この地球に住む人々を「理解する」ために、所得によって4つのレベルに分けるという考え方は明らかに基準になり得る。位置を明確にすることで、思考を起動させよう。

 【FACTFULNESS】
 (H・ロスリング、O・ロスリング、A・ロスリング著 上杉周作、関美和訳)


 日本はレベル4(1日所得32ドル以上)である。レベルごとの日常生活例も示されていて、自分が幼い頃の生活水準はその前段階であったことも思い起こされた。言うまでもなくこの半世紀で確実に進歩したし、世界全体も文化生活が行き渡りつつある。そう分かってはいても、私たちは様々な情報をドラマチックにとらえ、本質を見失いがちだ。


 「分断」を示す言葉に気をつけないと、重なり合わない2つのグループが在るという連想が働くという。実際はその中間部分に大半の人がいる。そして人やグループの中に最上位と最下位の層がある場合もある。そして上位の者がいつも留意すべきは、「上からの景色」を見ているという事実だ。低い地点はどこも似通って見えるが、実は違う。


 前半で印象深いエピソードは、医師である著者がモザンビークで働いていた時のこと。極度の貧困地域の現場にたまたま訪ねてきた友人の医師は、著者の治療行為をみて、運ばれてきた患者を救うことに全力を傾けていないと批判する。著者は「目の前の命」と同じくらい地域全体の命に対して責任があり、そのために為すべき行動を考えている。


 ありがちなTVドラマの話ではない。病院で診療を受けられる子どもに比べ、圧倒的に連れてこられない者が多いその地域で、著者は亡くなった子どもの数を数えだし、死亡した子のうち診療できたのはたった1.3%と把握する。病院にたどり着く前に亡くなる98.7%を「見殺し」にしないために、目の前の患者に対する完璧さをあえて捨てる。


 レベル1極度の貧困地域における優先順位とは、私たちにとって計り知れない。レベル2や3の地域に病院はあるが、多くは壁が塗装されていないという。それは整えられた外装を見て来院する金銭的に余裕のある者を抑えるためだ。できるだけたくさんの治療が必要な所得下位層に対して、医療行為が向けられるようにあえてそうするという。
(つづく)