渡辺淳一著「鈍感力」(集英社)を読みました。
渡辺氏といえば、1933年生まれの作家なのですが、札幌医科大学卒業。医学博士という経歴の持ち主。この本では、ご自身のお医者経験に触れている具体例が鮮やかな印象として残ります。たとえばですネ、いまの時代はというと、国会の野党よろしく相手の欠点を指摘することに、慣れっこなっていますね(私もそうなので)。すると、どうしてもその小言を受けて立つ側には成り難い。その成り難い肝心なところを「鈍感力」として、生活の智恵ふうに要所要所を提示してくれているのが、この本の読みどころ。
まずは、医局員S先生が登場します。その上に、新進気鋭の優秀な主任教授がおられた。その優秀主任教授の欠点(?)はというと、手術中にいろいろ部下の医局員に小言(こごと)を癖のようにいい続ける。渡辺氏はその主任教授の手術の助手が回ってくるたび、叱られる事を考えてうんざりする。その渡辺氏の三期上のS先生はどうだったのか。ここはちゃんと引用しておきましょう。
「わたしはこの先生が教授に叱られる度に、なんと可哀想な先生かと、密かに同情していたのです・・・叱られる度に独特の返事をする・・『はいはい』『はいはい』と、軽く『はい』を二度くり返すのです。・・とにかく、どんな小言をいわれても、このS先生は待っていたように『はいはい』と答える。その律義な返事に、教授のほうも安心して、『ぶつぶつ』いっているのではないか。・・・一種のリズムを持って、あのお餅つきと相どりのように、よく合っているのに気がついたのです。」
「さらに、この先生の素晴らしいところは、手術中、あれだけ叱られたのに、手術が終わるとケロリと忘れて気持ちよさそうに風呂に入っているのです。さらにそのあと医局へ戻るや、みなとビールやお酒を飲みながら、いま終った手術のことや、その他いろいろなことを仲間と楽しそうに、ときには笑いながら話し合っているのです。あの少し前、あれだけ叱られたことはどこに置き忘れてきたのか、と呆れるほど、見事に忘れ去っているのです。」
この後には、少し叱られただけで、ショックを受けるという医局員の例を列挙しているのですが、これはまあ、引用するまでもないでしょう。
むろん渡辺氏は、その鈍感力の持ち主の、それからをきちんと書いております。
「いつも『はいはい』と答えながら助手を務めているうちに、教授の手術を身近に見て要点を覚え、のちに医局で一番、手術がうまくなられたのです。・・・」
最近、夜間救急医療で病院側の妊婦受け入れ拒否が問題になったことがありました。
そこでは、新聞などで夜勤急患をこなしながら明けから、そのまま朝の仕事がまっている医者の状況が紹介されておりました。この紹介本に、大学病院で夜起きているという箇所があります(現在の問題と状況やケースが異なり安易な比較は禁物ですが)。ここでは、「鈍感力」として肝心な箇所と思えるので、最後にこれも引用しておきます。
「大学病院にいた頃、わたしは外来や入院患者を診ながら、夜はさまざまな動物実験をしていました。そのなかに、犬に二時間おきに注射するという仕事がありました。昼はもちろん、夜中もですが、この夜の注射はこたえました。正確に二時間毎にするためには、ほとんど徹夜で起きていなければなりませんが、それでは疲れて昼の仕事ができません。といって寝てしまうと寝過ごすかもしれない。」
ここで、渡辺氏は、二時間毎に起きるいろいろな工夫を紹介しております。
「最後に考えついたのが、『二時間後に起きるんだぞ』と、自分に何度もいいきかすことです。結果として、これが一番有効で、次第に守れるようになりました。おかげで、わたしはいまでも、大体、決めた時間に起きることができます。・・寝つきがよくて寝起きがいいのは、外科医の鉄則です。・・・」
こうして外科医の鉄則まで紹介しながら、渡辺淳一氏が思い描く「鈍感力」の正体を、若い人へと語ってゆくのでした。
渡辺氏といえば、1933年生まれの作家なのですが、札幌医科大学卒業。医学博士という経歴の持ち主。この本では、ご自身のお医者経験に触れている具体例が鮮やかな印象として残ります。たとえばですネ、いまの時代はというと、国会の野党よろしく相手の欠点を指摘することに、慣れっこなっていますね(私もそうなので)。すると、どうしてもその小言を受けて立つ側には成り難い。その成り難い肝心なところを「鈍感力」として、生活の智恵ふうに要所要所を提示してくれているのが、この本の読みどころ。
まずは、医局員S先生が登場します。その上に、新進気鋭の優秀な主任教授がおられた。その優秀主任教授の欠点(?)はというと、手術中にいろいろ部下の医局員に小言(こごと)を癖のようにいい続ける。渡辺氏はその主任教授の手術の助手が回ってくるたび、叱られる事を考えてうんざりする。その渡辺氏の三期上のS先生はどうだったのか。ここはちゃんと引用しておきましょう。
「わたしはこの先生が教授に叱られる度に、なんと可哀想な先生かと、密かに同情していたのです・・・叱られる度に独特の返事をする・・『はいはい』『はいはい』と、軽く『はい』を二度くり返すのです。・・とにかく、どんな小言をいわれても、このS先生は待っていたように『はいはい』と答える。その律義な返事に、教授のほうも安心して、『ぶつぶつ』いっているのではないか。・・・一種のリズムを持って、あのお餅つきと相どりのように、よく合っているのに気がついたのです。」
「さらに、この先生の素晴らしいところは、手術中、あれだけ叱られたのに、手術が終わるとケロリと忘れて気持ちよさそうに風呂に入っているのです。さらにそのあと医局へ戻るや、みなとビールやお酒を飲みながら、いま終った手術のことや、その他いろいろなことを仲間と楽しそうに、ときには笑いながら話し合っているのです。あの少し前、あれだけ叱られたことはどこに置き忘れてきたのか、と呆れるほど、見事に忘れ去っているのです。」
この後には、少し叱られただけで、ショックを受けるという医局員の例を列挙しているのですが、これはまあ、引用するまでもないでしょう。
むろん渡辺氏は、その鈍感力の持ち主の、それからをきちんと書いております。
「いつも『はいはい』と答えながら助手を務めているうちに、教授の手術を身近に見て要点を覚え、のちに医局で一番、手術がうまくなられたのです。・・・」
最近、夜間救急医療で病院側の妊婦受け入れ拒否が問題になったことがありました。
そこでは、新聞などで夜勤急患をこなしながら明けから、そのまま朝の仕事がまっている医者の状況が紹介されておりました。この紹介本に、大学病院で夜起きているという箇所があります(現在の問題と状況やケースが異なり安易な比較は禁物ですが)。ここでは、「鈍感力」として肝心な箇所と思えるので、最後にこれも引用しておきます。
「大学病院にいた頃、わたしは外来や入院患者を診ながら、夜はさまざまな動物実験をしていました。そのなかに、犬に二時間おきに注射するという仕事がありました。昼はもちろん、夜中もですが、この夜の注射はこたえました。正確に二時間毎にするためには、ほとんど徹夜で起きていなければなりませんが、それでは疲れて昼の仕事ができません。といって寝てしまうと寝過ごすかもしれない。」
ここで、渡辺氏は、二時間毎に起きるいろいろな工夫を紹介しております。
「最後に考えついたのが、『二時間後に起きるんだぞ』と、自分に何度もいいきかすことです。結果として、これが一番有効で、次第に守れるようになりました。おかげで、わたしはいまでも、大体、決めた時間に起きることができます。・・寝つきがよくて寝起きがいいのは、外科医の鉄則です。・・・」
こうして外科医の鉄則まで紹介しながら、渡辺淳一氏が思い描く「鈍感力」の正体を、若い人へと語ってゆくのでした。